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Archive for the ‘きょう女の独り言’ Category

つぶやき

 日々寄せられている相談ごとには、様々な内容が記されていて、微笑ましかったり、深く考えさせられたり、一緒に腹を立てたり、筋違いの自分勝手さに呆れたりと、私まで同じように体験しているのかと思えるような邯鄲の夢を…相談者と同じように味わっている。

 私もきっと魂の何処かで悩みを共有し体験しているんだろう。何故、こんなことを何年も続けているのか自分でも判らないままに、それがライフワークの一環となっているし、自分の血肉になってもいると思える。

 子育てと同じように、自分のエネルギーの全てを無償のままに注ぎ込み、やがて自分はシワシワになっても老いさらばえても、そこには全力で生きた!と云う絶対的な確信と充実感と達成感があるはずだ。それを信じて…コツコツと今日も歩いている。この日記を読んでいて下さる、あなとと共に…。

 

拒絶?2

 そういえば過去に何度か、こうしたヒーリングの拒絶を味わったことがある。そのほとんどが真理への否定などというものよりも、ヒーリングを行うまでの繋がりに於ける、人間関係への拒絶がほとんどだった。

 マイナスを多く背負う人にヒーリングしても、施術側が気力・体力共に疲弊するだけでちゃんとそれなりに届くし、他の新興宗教に入っており我々の真理を真っ向から否定されていてもヒーリングはキチンと届いていた。

 とすれば、やはり感情的な極めて人間的な心の中でのブロックしか考えられないのだが…。同じ身内でありながら、嫌悪するほどに受け入れられない心の中身とは、一体どんなに悲しいことがあったんだろう?また自分以外を嫌悪する者は、自分の肉体をも同時に傷付けている。どうかやすらけく、たいらけく…過ごして欲しいものです。

 

拒絶?

 とある方のご親族が手術をするというので、ヒーリング依頼を受けた。依頼メールを受け取った瞬間に少し違和感があったものの、とりあえずヒーリングしてみると…ヒーリングのエネルギーが素直に入っていかない。あれ?変だなぁ~?と思い、もう一度チャレンジしてみたが、頑として受け付けてくれようとはしなかった。

 以前に一度、このご親族の方に直接お逢いした事があるのだが、こういった真理的な話題にはまるで懐疑的で、簡単に出来るはずの太陽参拝さえ拒まれているのが判った。

 何故にここまで頑なになってしまったのかと想像してみたが、これには生まれ育った家族内での怨みなどがかさ高く積み上げられているよう思えた。特に私との間を仲介した人物への激しい嫌悪が、より強くヒーリングを遮断しているような感じだった。

 ま、これは家族間で処理する問題なので、どの道各自でその辺りの事は対処していくんだろう。因みにこの時、同時に何名かに個別のヒーリング要請が入っていたそうだが、私以外にもヒーリングの拒絶感を感じたという人が居たので、やはり気のせいではなかったのか。続く…

 

分杭峠2

 この分杭峠はwikiによると長野の伊那と下伊那との境界に位置し、標高1424mの峠にあるそうです。西日本の地質を内帯と外帯に二分する中央構造線の断層谷を利用した街道であり、分杭峠は中央構造線の谷中分水界にあたるそうで、人知を超えた大地のエネルギーも相当に強いことが想像できます。

 N女史によると、そこに居るととても気持ちが落ち着き、何時間でもそこに居たいと思えたそうです。去年は待ち時間など全く無かったそうですが、それ覚悟ででも一度は行ってみたい場所ですね。一度、分杭ツアーでも企画してみたいものですね。

 伊那は毎年子供がサマーキャンプに行くところなので、とても良いところですよ。虫は多いですけどね。分杭峠の南北のラインも同じような断層が走っているので、その辺りでの宿泊も同じような大地のエネルギーはあると思います。興味のおありの方は、ぜひどうぞ♪

 

分杭峠

 最近TVや雑誌で引っ張りだこのパワースポット。取材する方もそろそろ底を尽いたのか、えっ?ここが?と思われるような場所も時折紹介されているが…やはり「0磁場」と呼ばれている分杭峠が私的には一番スゴイと思える。

 行ったことはないのだが、去年私が手術をした折にN女史が、ここの湧き水を大量に届けて下さり毎日飲んでいた。味は…不思議な味がして、今まで一度も経験したことの無いような不思議な軽さのある水でした。

 2週間に一度届けて貰っていましたが、夏に常温でキープしていても水質の劣化は全く無く、美味しく頂いていましたよ。そのお水の力もあったのか、病後の治癒はとても早く退院後は直ぐに前線に復帰出来ましたから。

 一度行ってみたいのですが、今では近所の村役場に駐車場が設けられ、村からシャトルバスでしか行けなくなっており、お水を汲む場所に到達するまで平日で3時間、土日は4~5時間待ちだそうです(涙)。

 

山での話3

 山男の世界だと、こういった話はゴマンとあるらしい。けれどあの世のパーティ達は悪さをすることもなく、淡々と大好きだった山を縦横無尽に今でも歩いていることを思うと、ちょっとだけ救われたような気分になる。

 エベレストの山頂付近には、今でもそこここで永遠に回収されることもない遺体が、そのままで眠っているそうだし。…そんな話を、山登りを趣味とする別の人に話したところ…そういった山での霊との遭遇の話はゴロゴロとありますよーとニッコリ微笑みながら話してくれた。

 山男と云う種類の生き物は、畳の上で死んでも霊となれた暁には山に戻るに違いないと思えました。本当に、山は得体の知れない不思議な底力のあるところですね~。

 

山での話し2

 すると、向こうのパーティは俯いたまま荒い息を付きながら、こちらを見ることも無くすれ違ったそうだ。2番目の先輩も、3番目を歩く先輩も挨拶したのに、向こう側からは挨拶も無く、ただ荒い息が聞こえただけだったらしい。ついに前から4番目を歩くY氏も挨拶したけれど、シカトされたが、ようやくこの辺りになって、鈍い彼でも何かが違うと違和感が走ったらしい。

 7人全員からの挨拶も無視して、避難小屋のもうない山の上の方へと歩き去ってしまった彼らを山岳部のメンバーは振り向くこともせず、ただ黙って黙々と避難小屋に到着したときのこと。Y氏は思わず、暗い顔をした先輩に訊いたそうだ。「今ののはなんなんですかっ??」

 すると先輩は俯いたまま、ポツリと「まだ彷徨ってるんだよ。彼らの装備を見ただろう?」と話したそうだ。さっきすれ違ったパーティの装備を思い出してみると…彼らは冬山登山の重装備をしておらず、ずっと軽装だったらしい。奇妙な違和感はそれだったのか!と思い至ったそうだ。続きます。

 

大黒さん3

 さて、話は戻ります。押入れの隅に押し込められていた大黒は、大切に祀られ酒まで与えられた瞬間に、その辺りを漂う何かに入り込まれてしまったようです。お祀りしてしまった本人は、毎晩のように大量の夢を見てしまい、ろくに眠れていなかったそうで体力も低下していた様でした。

 下卑(げび)た薄笑いのイメージが、そのまま大黒の中に入り込んでいたので、本人には大黒を祓う事と、直ぐに供え物を下げるようにと伝えました。河原に転がる石にでも、酒などの供え物をするとそこから何かを引き込みます。(酒は、人とそれ以外のモノを結びつける特別な力があります)お祀り好きな方、入り込んでいるモノはしょっちゅう入れ替わっています。

 神聖な祓いを受けた神社のお札ですら、わずか一年しか持ちません。奇妙な力が欲しい方はお好きになされば宜しいですが、諸刃の剣を使いこなすのは一般人にはとても難しいことでしょうね。像は、自宅に置いているのは結構です。ただ、余程のチャレンジャーでもない限りは、出来るなら拝まないで下さいね。そんな大黒さん考でした。

 

大黒さん2

 世間では、神仏の姿を模した像は、その神仏の性が宿ったかのように思えてしまうようだが、これこそが一番大きな罪でもあることを覚えていてもらいたい。

 神社仏閣には数多の像が安置されているが、私から視ても、高級レベルの神仏の性が入った像は、残念ながら皆無といっても過言ではないほどに、ほとんどなかった。入っていてもせいぜい、神の下級ランクくらいか。

 まともに考えても見て下さい。天をも動かすに足る程の神が、ちっぽけな小汚い木や石の端くれに入ったりなどするものですか。例えば、あなたは蟻んこや蜂たちの世界で、彼らの想いを満たすための神になれますか?ま、これは極論ですが(笑)同じような尺度を持って眺めて見て下さい。

 ですので、もしご自宅に神像・仏像のある方は、よっぽどのそれを持つだけの理由や意味があるのか、または像の中に住まうモノの正体を常に見極められる人に限った方がいいと思います。

 憑依体にしてみれば、神仏の像はとてもメリットのある媒体です。飲み物や酒などを供えれば喜んじゃって、確かに何某かの力を与えてはくれますが、それは永遠には続かないものなんです。だって、それは真実の天の道ではないからです。続く…

 

大黒さん

 ある日、奇妙な気配を感じた。それと同時に、どこからか…黒っぽい大黒さんの置物が、口元に下卑た薄笑いを浮かべながら、勝ち誇ったように上から目線を投げつけている光景が…脳裏に映し出されて来た。その大黒さんの足元には酒が供えられ、きっと善い神だと崇められているんだろう、と容易に察知できた。だが、その黒大黒の置物の実態は低級霊か狐狸の類にしか感じられず、なにやら合点のいかぬまま…気持ち悪い気分で居た。

 大黒を祭祀っている人は…私の周囲ではそう沢山は居なかったので、かつて大黒を祭祀っていた人と電話で話した折に、それとなしに訊いてみることにした。

 『最近、大黒さんに、お酒お供えした?』するとその人は随分驚いたような声で、「なんで判ったの?」と云う。聞けば、以前に祭っていた大黒は今では只の置物と化して酒は供えていないが、半月ほど前に家の押入れの奥を片付けているときに、埃だらけの黒い大黒がコロリと出て来たそうだ。可哀相に思い、綺麗にした後で部屋に安置し、ついでにお酒を供えたらしい。だが、これがいけなかった。続く…