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Archive for the ‘心のあり方’ Category

右の頬を打たれたら…

 右のほっぺを打たれたら、左のほっぺを差し出せと西洋の宗教では説くが、少し話の内容が端折られすぎてはいないだろうか?そもそも何故最初に右の頬を打たれなければならなかったんだろうか?

 無抵抗を貫く姿勢と言えば聞こえはいいが、最初に右を打たれなければならないような事象があったればこそ、打たれた筈だ。急にトラブルに巻き込まれる人にも、同じような傾向がある。

 トラブルとはそもそも必要悪の一つで、本人に悪いところがあるからこそ、気付きの為にトラブルが自動的に与えられるようになっている。

 心の奥底に転がる波動が低いが為に、似たような低い波動を自動的に引き寄せてしまう。そもそも心の波動を高く保っていれば、右のほっぺを打たれる事象になど陥りやしない。

 師走に入り大掃除月間になりましたが、腹の底も大掃除をしてみませんか?溜まった汚れが、出てくるかもしれませんよ??

 

いざこざ

 軽く口論があった。その場に私は同席していなかったので、その内容に関しては不明瞭だが。どうもお互いの認識の相違が以前からあったようで、それが瞬間に吹き上がり討論となったらしい。どちらが正解でどちらが間違っているのかは、ここでは問題ではない。自分の感情や感性に頑なまでに忠実であろうとする心構えが、残念でならない。

 同じもの同士が穏やかに交わることが”和”なのではない。異質なもの同士が、それまで人間として培って来た業と感性を駆使し”和”することで進化があり、新たな気付きが生まれるものだと思っている。

 何処が悪いと責めるのでは、いたずらなただの北風になってしまい、無理矢理旅人からコートを剥ぎ取ろうとするようなもの。ただの一度でも太陽を齧ったもの(天界真理を学んだ)であるなら、太陽として強烈な熱で以ってコートを自発的に脱がせてみて欲しい。

 あ〜どうしたものなのか…ため息をつきながら電車で揺られていると、目の前に大きな二重の虹が現れた。それを見て、うふふっと笑えてきてしまった。神は、それすらをもお見通しだったようだ。これにより、薄皮はまた一枚剥れるだろう。それぞれに心の中で決着を付ければいいだけのこと。

 天の視点では義も道理もプライドもが、途端に役に立たなくなってしまうことだけは、一つ頭に入れて置いてください。そんないざこざ事件で思うこと、でした。

 

象さんVS アリさん

 取引先の方と話していて不意に神の話題になった。この方は伊勢神宮の崇敬会に入っておられるほどに日頃から神を敬い、天皇家を敬い、冬でも水垢離(みずごり)で禊祓(みぞぎはらえ)をされるほどの熱の入れよう。

 だが、最近本人が大腸がんを発症し、来週手術されるらしい。本人は「神への気持ちが足りないからだろうか?」とのたまうので、何をお祈りしていたのかと訊ねると”日本国の安寧”と”天皇家の安寧”だと語った。随分と右寄りな骨董級の思想にタジロイだが、本人はマジメそのモノで熱く語っている。まるでアリが象に喰い付き、倒すことを夢見ているような程の滑稽さと、驕りが感じられて気分が悪かった。

 勿論、何を祈ろうが全て本人の考えることだから結構なことだろうが…。自分の身の丈に合った発想が出来ぬからこそ、身体が悲鳴を挙げている声にも耳を傾けられないんだろうなぁとも思えた。

 真理を求め、高尚な発想も祈りも高潔なような気もするが、それをするのは実際に国を動かしている者がすべき仕事。またその祭司の最高位が天皇であるのに、逆に祈られても迷惑なだけだろうに…。

 神も大切だが、分を弁えることももっと大切にしなくっちゃ何処かでサイクルが乱れてしまう。用心しなくっちゃと人の振り見て吾身を振り返りながら自分に言い聞かせてみました。

 

真理の基本

 相談の電話が入った。とある地方に奇跡を起こす霊能者がいて興味があるので訪れてもいいかどうかのお伺い。私はこう答えました。「それを一種のエンターテイメントと位置付けて行くならいいが、奇跡に目を奪われて心を奪われてはいけない」と。

 そもそも奇跡とは、天道より大きく外れた道を指しています。天のルールに外れた場所に、真理など存在する筈も無く、それこそそこは低級霊の巣窟。そこから得られるものは、所詮そのレベルのモノでしかありません。

 ですが、ここで一番恐ろしいことは、超人的な霊能者に逢う事によって、本人が奇跡的な力で一足飛びに優位なる特別な何かを得たいといった心の動きにあるんです。本人は興味本位でと話していたましたが、心の何処かにそれを望む動きがあったからこそ、興味を持ってしまっている。が、きっと本人はまだ、それに気が付くことはないんでしょう。

 その初動の心の動きを見る癖を、どうか持っていて下さい。ここの辺りが一番難しくって、一番簡単だといつも話している、真理の基本なんですから。

 

たまには

 最近、自分の魂の中の存在と、対話しているだろうか?ゆったりした時間が持てたとき、深く椅子に腰掛け、リラックスした状態で、目を瞑り、自分の心の奥底にどんどんと降りていってみてください。

 自分では表面的には気が付かず、遣り過ごしていたり、見落としていることも見えて来ます。静かな泉の底のように、透明で静寂な魂の底に、やがて自分の捕われていた黒い塊のようなモノが蠢いているのが見えるでしょうか?

 何か黒いモノを見つけたら、それに狙いを定めて勢い良く叩き割って下さい。それが現実の『何』に繋がるものか今は定かではありませんが、必ず心の奥底からスッキリ出来ます。次回は久しぶりに井戸掘りでもしましょうか。魂の中心軸が定まっていても、やはり人間として生きる上でのトラウマなどは一つでも多く片付けるに越したことはないのですから。

 

欲に駆られると

 相談者への憑依など、数秒もあれば祓える。しかし、相談者の心の闇は、そう簡単には払いきれないほどに複雑だったようだ。

 翌日になると祓ったはずの憑依体が相談者に張り付き、同じように恐ろしいビジョンを見せたり苦しませたりしているようで、また夜に電話が入っていた。

 この件に関しては問題が二つほど見える。一つは、この相談者が師事していた霊能者の某先生が、少しばかり「黒い神」と繋がっているようで、黒いものからのエネルギーを取り込んでいるようだった事。

 神の世界に白も黒もないと思うのだが、取り込み方やら精神的な心の持ちよう如何で、必然的に白のものと、黒の世界に分かれてしまうようだ。

 より強く能力を求めたり、自分こそが一番だと思いたがったりするなど、欲に駆られると白の世界も本人の気付かぬ一瞬のうちに悪鬼渦巻くダークサイドに墜ちていたりする。長くなりそうなので続く…(笑)

 

太陽を取り入れる

 太陽の役目は、見ての通り核融合を起こしながらエネルギーを周囲に与えるお仕事があります。地球ではそれがどういった影響を起こすのか、語り始めただけでも数年はかかってしまうほどの時間と紙面が必要となるでしょう。

 けれど精神的・霊的・魂的には爆発的で膨大なそのエネルギーが、地上にあっては大きな目標であり指標になっています。その偉大さと、そのエネルギーを自らに取り込むことにより、自分を更なる成長と光を手に入れる…または手に入れようと己を鼓舞する事に重要性はあります。

 一人ひとりの魂のエネルギーは、太陽をすらラクに上回るほど(今はまだ残念ながら小さいですが)のエネルギーを控えつつも持っているのですから。太陽を神(地上に存在する神よりは太陽の方が遥かに大きいとは思いますが)のように敬って願を掛けるのでは、成長はそこの部分で止まってしまいます。

 ですので、参拝自体に意味を持つのではなく、どうかそれを取り入れ、常に太陽と同格を目指して下さい。自分が光を放たなければ、経営する会社もまた光を放つことなど有り得ないのですから。

 

太陽を拝んだからといって

 相談から。「毎日太陽を拝んでいると爆発的な変化が訪れますからとあなたに言われてから、毎日参拝しています。すると仕事でいい話が舞い込みましたが、どうでしょうか?信じて良いですか?」そんなお電話を頂いた。

 気配を読んでみたが、詐欺などの人の悪い思惑の働くような気配は見当たらない。「では上手くいくんですね!?」と訊かれたが、「上手くいくのもそうでないのも、あなたの気持ち一つなんですよ」とだけ答えておいた。「私はこれが上手くいかないと、会社が倒産になっちゃうんで…」と話されるので、私も尚更にいい加減な受け答えは出来ないと心を正して気配を読んでみたが、結果は同じだった。

 ただ、これだけは知っていて欲しいと思うことをお伝えできなかったのだが…太陽を拝んだから良いことが起こった、助けてもらえたと思うようでは必ずや足元を掬われることに気付いて欲しい。

 太陽には人をむやみに幸福に導くようなエネルギーなど、これっぽっちもないのだから。具体的に書きたいので続きます…。

 

アセンションに思うこと2

 選民思想がそうさせるのか、特別な能力などをはじめ、特別な使命や、選ばれた戦士的な憧れは…自分を鼓舞する上では有益だが、怪しい秘術に嵌ったり、自分のことを密命を帯びた天界から下りし者などと…どこかのゲームに出てくるような肩書きに酔わないで欲しい(これは若い世代の方によくみられる現象です)。

 若手の相談者の中にも何名か居られましたが、結局はそうした妄想はやがて打ち砕かれ、本当の無力な自分を目の前に見せられる時がやって来て、自信を喪失したり引きこもったり、欝になったりして外部との遮断を試みたりなどする場合もあります。

 けれどどんなに攻撃的になって足掻いても、卑屈になっていじけても…この世のシステムは、自力でしか掴むことの出来ない、単調な努力の中でこそ自分を研磨していく物質世界です。

 そしてあなたは、確かに天からの壮大な使命を帯びている天使です。自分の感性をより高度に成長させなければならないという使命と、精神をより高度に錬金するための術をこの世で拾い集めるという役割を担っています。

 意味の不明な言葉などに惑わされるのではなく、あなたの心の奥底が完全に納得するような…本質で勝負してみませんか?

 

アセンションに思うこと

 アセンションについて、もう少し掘り下げて考えてみることにしようか。この言葉の持つ意味は一つしかないように受け取れるのだが、これも物質界での心の「上昇」と霊界での「上昇」と、魂界での「上昇」とに分類されると定義付けておいたほうが、より理解しやすいだろう。

 これらは全くの異質なものでもなく、それぞれに溶け合い、混ざり合い、互いに影響しあっているので区別しきってしまうのにも問題はあるのだが。それらは水・油・空気のような相関関係を保っている。

 さて、アセンションに本題は移るが、3次元の今の地球上に於いて次元上昇を謳っているサイトが多いが、それはこの今の次元の地球上に居る限りは不可能だろう。急に20次元までの上昇などありえるわけはないし(実際、そう書いてあるサイトがいくつもあった)この肉体を持ったままでの次元上昇は細胞や遺伝子が耐え切れるわけもないので、初めから「ヘンテコだな」と気付いて欲しい。

 また、この世の中ですら、コツコツと大きな険しい階段をよじ登って歩まないとなかなか真理的には成長も出来ないようなシステムなのに、急に何かをしたからといって(ヨガとかメディテーションとか、特別な怪しい修行とか)安楽に飛び石のように数段もレベルアップ出来ることなど絶対にない。

 楽で目新しい真理の開発方法に、飛び付きたくなる気持ちは勿論理解出来るが、そんな安易でお気楽な方法にしがみつきたくなる己の心を、先ずは見直してみるのもいいかもしれない。