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Archive for the ‘悩み相談’ Category

猫4

 今まで、ペットが大好きな家族の身代わりになった話は幾つが耳にしたことはあったが、こうもハッキリと見させられると驚いてしまう。なぜなら、その猫が、この相談者の家を覆う邪の気配を一身に受け止めようとする気配が感じられたから。

 視ていると、まるで番犬のように何かに向かって唸り声を上げる気丈なイメージが浮かんだから。ちっちゃな身体なのに、大切にしてくれた家族を護ろうとするだなんて…。なんと勇敢で、なんと勇ましく、なんと愛情に溢れた生き物なんだろう。

 翌日、その猫は家族に見守られこの地上を旅立った。そして私はまたメールを送った。『とても辛い選択をされ、悲しい経験をされたことと思います。猫などの動物は人の魂とは格が違いますが、家族を想う気持ちに格などはなく、これからもずっと、あなた方ご家族の傍に居ると思います。ええ、勿論、今も居ますよ。だから悲しまないで下さい。もう二度と猫を飼わないなどと言わないで下さい。』ちっちゃなこの猫ちゃんに、私も生きる勇気と立ち向かう勇気を貰った。…生き物って、いいな♪

 

猫3

 この相談者からは安楽死にすると返答がありましたが、それまでにもヒーリングは行なっても効果はあるのか?と質問がありました。また数日前から相談者のお母様が入院・手術されていたそうなんですが、それについての返答メールにこんなことを書きました。

 『猫の身体に対しても、もちろん人間に対しても、命を持つもの全てにとって、ヒーリングは大変有効ですので、苦しがる猫に対してもヒーリングをしてあげて下さい。無くなる直前、直後にも魂的にはとても有効です。それからあなたのお母様が入院・手術をなさったそうですが、これらの凶の大半を、この猫ちゃんが引き受けてくれているようです。判りやすく書けば、身代わりとも云えるでしょう。最後まで、どうか大切にしてあげて下さい。』

 すると、返って来たメールには「母も同じ事(自分の身代わり)だと言っていました。母が入院したその日から急に猫が激変して具合が悪くなったからです。」とありました。続きます…

 

猫2

 返答メールの続きです。『しかし、人間と同じように受け取ってはいけません。ペットはあくまでペットです。動物と人間を同格に扱ってはいけません。哀しむことはいいですが、必要以上に哀しむのは、自分がペットに見捨てられることを(最終的には)嘆くこととなるので、知らず知らずの内に自らの霊性を低めます。辛いでしょうが、「今までありがとう。あなたを永遠に愛しているわ」そんな気持ちで送ってあげて下さい。また天に対しては「素晴らしい出会いをありがとうございました。感謝いたします」そんな気持ちで居てください。

 因みに私ならこの場合どうするのか?を書いておきたいと思います。長年連れ添ったペットが、もう寿命が尽きる手前で苦しんでいたとすれば、迷わず安楽死の手段を取ります。ただ愛してる。ありがとうとペットの身体を撫でながら、安楽死を施してもらうでしょうね。あまり考え込まないで下さい。死は自然な現象の一つです。』続きます…

 

 ある朝、まだ薄暗い時間に悲痛なメールが一件入った。自宅の愛猫がとても苦しんでおり、今にも死にそうになっている。このまま自然に任せたほうがいいのか、それとも安楽死を獣医によって施してもらうのが良いのか、また安楽死をした場合には魂に傷が付かないのか、その魂は成仏出来るのか、といった内容。

 当の本人はかなり気持ちが動転しており、猫を擬人化した感情の移入が感じられたが、長年可愛がっていたペットが腕の中で苦しんでいると、居ても立っても居られないほどに切ないものなんだろう。そこのところだけ、ちょっと釘を刺しながら…メールを返した。

 『猫は自然な生き物です。魂の状態も、人間のそれとは異なりますので、成仏と言った観念も無く、どのように亡くなっても彼らの魂は傷付きません。断末魔の叫びを哀れにお思いになるのなら、安楽死もいいでしょう。また、そのまま寿命が尽きるまでにしておくのもいいでしょう。』続きます…

 

ご本尊様2

 さて、押入れから出てきた小さな巻物。もう誰も要らないし、神社に持っていくのも面倒だったので、軽く祓ってからゴミ箱にポイッと入れた。

 心の奥で、「祟れるものなら私に祟ってみな!」と呟きながら。もちろん、こんなお題目の印刷されただけのお軸にそれだけの力もないのは誰だって頭では理解出来るんだけど、目に見えない、あるのかどうかも判らない様な恐怖を与えるやり方は、どれほどに天に叛いた生き方をしているのかを、先輩信者たちは理解しているんだろうか?

 どちらにしても、必ずどちらかの世界でケジメを付けなくてはならないんだけどね。そういえばここのお題目のご本尊を預かったのはこれが二本目。こういった怪しいモノで棄て場に困るものは神社に持っていくのが一番良いと思うので、次回からはそうお伝えしようと思っています。…何が出てくるのか判らないウチの押入れ。今度は何が出てくるのかな??

 

ご本尊様…

 押入れの奥を掃除していたら、布に巻かれた小さなお軸のようなモノが出てきた。何だっけ??と思い紐を解くと、それは以前に知り合いから預かったままになっていた某学会のご本尊が入っていた。

 数年前に預かったっきりになっていたが、これがうち来た理由と云うのが…無理やり入信させられた友人が学会から与えられたお軸だそうで「このご本尊様を破ったら体のそこが引き千切れてしまったり、捨てたりすると一生の良い運命から全て見捨てられ、学会に返却すれば縁が全て絶たれてしまい不幸のどん底に陥るらしい」と脱会したがっていたのにとても恐ろしがっていた。

 そんなこと、あるわけないじゃない!と諭しても、その地区を統括する沢山の先輩信者に円陣を組まれ、畳み掛けるように恐ろしい話を聞かされていくうちにマインドをコントロールされてしまっていているようだった。なので『大丈夫よ、私が預かってちゃんと処分しておいてあげるから』といった経緯で、どうやら押入れの奥に押し込まれたまますっかり忘れていたようだ。

 笑えるくらいに面白いお話だが、これは事実である。その後、その知人は朝夕には絶対に上げなければならない(とされる)お経も読まなくなり、どこにも障りもなく無事に幸せに暮らしているんだけど…。なんでこんなエゲツナイ布教活動をするのかしらね?続きます…

 

隙間

 仏像の話を書いたが、意外に反響が大きかった。これは大丈夫ですか?とあちこちから画像付きメールが送信されてきた。ヤバイかな?と思うくらいなら棄てればいいのに、心の何処かでやはり姿形あるものに頼ってしまうのは、本人の心の弱さにあると思う。最終的には自分自身が神と同格の神性を持つモノだとの認識が稀薄になっていたせいだろう。

 由緒ある像でも、100円均一店で買った像でも、公園で拾った小石でも、山で薪にし損なった小枝でも、心を向けて祈り、お供えを供えて祀り始めると途端に何かが入り込んでしまう。また入ったモノのマイナス度合いが強ければ強いほど、様々なことを話し始めたり奇妙な力を与えてくれたりする。

 そうなると人間側は「これはスゴイ神が入った像だ!」と勘違いし、更に丁寧に祀りはじめてしまう。将来的にずっと面倒を見て祀っているうちは障りがなくても、祀ることに飽きて止めたり、病気などで面倒が見れなくなったり、はたまたポックリあの世に旅立ってしまったりすると、途端に祟り神に変化してしまい、子孫を狙って攻撃して来るので注意が必要となる。(特に経済的なパワーを与えてくれるキツネ・蛇系が顕著だ)

 どの道、マイナスのエネルギーを家や会社に引き入れたところで、ロクなコトはないと思ったほうが良い。どれを選ぶかの最終決定は本人が決めること。きっと心の隙間は、向こうの世界からは丸見えなんでしょうね。

 

悪魔と憑依霊2

 憑依霊は風邪を引いて体力が落ちたときや、ほんの少し気持ちがブレていたり、自分には関係ないのに有名人の葬儀に悲しんだりしているだけで、常に周囲にゴロゴロしている霊を引き込んだり、拾ったりしてしまいます。

 これはお塩を入れたお風呂に入るだけで取れる場合がほとんどですし、一度祓いを覚えられた方ならいつでも自分で出来るようになります。巷に蔓延(はびこ)る憑依を防御するためには、常に自分の波動をある程度の処でキープしておく必要があります。

 一番良い方法は日の出の太陽参拝です。例え、日の出に間に合わなくても、頭の中で日の出の太陽を思い出して心の中だけで参拝しておくだけでも十分です。これで天よりのエネルギーで常に自分を満たしておくように努力すると、憑依によるトラブルは起き難くなるようです。

 ただ、これは対峙療法であって、根源の魂の器や霊格などは上がりません。地道に自分を知り、その心の内部に渦巻くトラウマを解消し、生まれた意味や生きる意味を腹の底で理解していかないことには常に同じ場所での堂々巡り。一生、同じ問題を抱えながら模索することになります。

 そんな中で、目にも見えないはずの憑依霊の問題などが重なり、苦悩と苦痛が増し、悩んだ挙句いつかどこかの能力者の門を叩き、そんな見えない世界があることや、死後の世界を垣間見ることによって、魂の進化へと誘われていくのでしょう。

 憑依霊や悪魔など、この世に不必要なモノなど一つもありません。全て必要悪であり、全て神の意思が図っている現象だと思っています。

 

悪魔と憑依霊について

 悪魔と、憑依霊との相違点について質問がありました。これは単純には答えにくいものですが…悪の波動を帯びているといった観点で論じれば、その悪のレベルは10倍から100倍程は軽く違います。

 普通の憑依霊にももちろんレベルはありますが、憑依霊と呼ばれるモノの正体は“己が死んだことに気が付かぬ霊”もしくはそれが発展して“誰も自分を振り向いてくれないことによる寂しさが恨みに進化した霊”“欲による現世への強い執着を持つ霊”などがあり、どんどんとその悪い波動は強さを増して行きます。

 これに対して悪魔といった存在は、それらを総括した集団から成っていることが多く、意外なことですが人格のようなものを持ちません。人間的な感情に操作されることもなく、怨んだり妬んだりもしない替わりに、淡々と天に唾なす歪んだエネルギーを持つ人を求めて彷徨っているだけのようにも感じます。すなわち、波動がピッタリと合えば途端に自分の中に取り込んでしまうのです。

 悪い波動が悪魔のご飯、と表現しても差し支えないでしょう。悪魔の憑依霊についての相違点については、これから解説することにしましょう。

 

エクソシストしちゃいました3

 では、悪魔の気配とはどういったものなのでしょうか?目には見えません。相談者と向き合っていても特に何も変化はありません。けれど、しばらく普通に話していると、私を取り巻く周囲の空間が嫌な感じに歪んでくるんです。

 眩暈ではなく、時空の歪むような感じ…とでも表現しておきましょうか。勿論、それが普通の気配でないことは長年の経験と勘で判ります。そのまま放っておくと私の手や腕までが痺れてきますが、気配をキャッチした段階で即座に捕まえて祓います。

 祓いはいつものように、だいたい10秒ほど真剣に集中してその場から消し去ります。手の中に摑まえている嫌な気配が消えたら、その悪魔はその人からや、その場から居なくなります。

 しかし、悪魔は完全に消滅しきったわけではありません。この宇宙には光と影が同時に存在するように、神も悪魔も同じ数量で同時に存在しうるものだと思っています。きっと悪魔を必要とする人間の下へ、旅に出ただけなんでしょう。お気をつけあそばせ…悪魔はアナタの心の闇を、目を光らせて見つめているんですから。