Posted in 悩み相談 on 06/30/2009 09:09 pm by saho
昨日の日記の内容について、補足。「どうしてその場で祓わなかったのか?」その点について合点の行かない方もおられると思いますので、少し補っておきます。
相手の苦悩は、相手が独りで読み解き、結果を出さねばなりません。子供の難しそうな宿題を、あなたが答えを知っていたからをいって、全て答えまで教えてしまいますか?決してそうはしないでしょう?先ず、読ませで、考えさせ、それからどう解くべきかを自分の力で考えさせます。
例えば丸に三角形が幾重にもくっついたような図形の面積を求めるには、何処かに線を入れてみれば容易に計算式が組み立てられたりします。ピンポイントにアドバイスは入れても、しかし大人は直接は手は出しません。何通りかの方法を試みた後に力尽きたとき、こういった方法もあるんだよと教えないと、本人に力は付きません。
だから最後にこう言いました。本当にどうしようもならなくなったら、連絡下さいって。これはその時点で出来る、私にとっての最大の愛情です。また、この時に途中で私が余計なことをすれば…天よりお叱りを受けるのは、この私なんです。ただし、この真理の原則を知らない人は、処罰の対象とはなりません。
要するに、人は人。自分は自分!例え夫婦、親子でも、手を出してはいけないことが多くあるんです。人のために、という考えは驕りです。自分がしっかり真理のことを見極めておかないと、誰のためにもならないんですから。
Posted in 悩み相談 on 06/30/2009 09:02 pm by saho
オバケの話をすると、側にオバケが寄ってくる…と昔からよく言ったものだが。今回はそんな体験話。仕事の取引先の会社のビルにちょっと用事で立ち寄ったときのこと。世間話の一環としてか、そこの社長さんが訝しげにこんな話を始めた。
その日の朝、テナントさんからこんな申し入れが入ったそうな。「店を閉めたりするときに独りになると、店の奥から誰も居ないのに誰かの声が聞こえる〜って、従業員が怖がるのでお祓いでもしてもらえませんか?」そんな話をそのビルにある事務所で聞いているうちに…私の周囲の気配が少しだけ変化したのに気付いたが、そのままにしておいた。
しかし異様な気配は大きくなるようで、それらが単独犯(笑)の犯行ではないと知る。そして座っていた社長さんの背後にある化粧室の方から、沢山の人々の笑い声が聞こえてきた(霊体験なんで、めっちゃ久しぶり〜♪)。澱むような、渦巻くような、異次元からのコラボされた音声のような。演劇場の上から音の降ってくるような感じでその音の出所を断定出来ないような、その場の空間から滲み出るような大きな笑い声が聞こえてくる。私が気配を読むためにあたりを見回していると「何か居るんですか?」と不安げな表情で、同じように辺りを見渡している。
そこでニッコリ笑いながら「いいえ、別に」と答える私。「でも…どこかにお願いしてお祓いをお受けになった方がいいかもしれませんよ。」とアドバイスしておいた。
これはちょっと性質が悪いかもしれないんだけど、現世での卑しいばかりの経済活動を推進させているこの社長さんにとっては、こういった形でお灸を据えて差し上げるのもいいかもしれない。目に見えない世界があるということを知らせるのも、私の一つの仕事だからだ。
「最終的に本当にどうしようもなかったときにだけ、また私に連絡して下さいね」すがるような視線を投げかけるのを振り払うように、とっとと次のアポイント先に移動していった私でした♪
Posted in 悩み相談 on 06/30/2009 08:58 pm by saho
最近の相談から。相談者のご主人について話を聞いた。なんでも結婚数十年もの間、夫婦間のまともな会話すらないと言う。話し合おうとしても会話にならないのだと言う。
このご主人にお逢いしたことはないが、宗教家として社会的に成功を収めたと言えるべき方らしく、世間的には多分…人格者なのだろう。しかし、心の奥では猜疑心が凝り固まっており、素直な天に対する畏敬心など微塵も持ち合わせてはいないようだ。自信家で、我道を貫き通す事のみが男の甲斐性とばかり、優しくたおやかな心根を持ち合わせることに嫌悪感すら抱いているようだ。
今の時代、ここまで頑固一徹を貫く御仁も珍しい。しかし基本は寂しん坊で甘えん坊。気が小さいことを恥じるがあまり、頑なを演じ続けて生きてきたようだ。最期には結局自分で帳尻を合わせることになるだろうな〜。
世間で偉いとされる宗教家でも、家に帰ればこんなものだ。本当の自分を知り、自分を律する術を知ることが、本当の意味での修行になるんだろう。相談者に対し、『このご主人、なんや宇宙人みたいな人やなぁ〜』失礼とは思いつつ、思わず口を突いて出てきた。これからどうするべきかな…。
Posted in きょう女の独り言 on 06/30/2009 08:49 pm by saho
最近、部屋の模様替えに凝っているという話は以前にしたが、それに付随した話でちょっと面白い現象を愉しんでいる。
先日上海より数ヶ月かかって、どうしても欲しかったシノワズリのアンティークの壺で作られたランプを取り寄せた。壺自体は大体50年〜100年前くらいに作られたもののようで、最近まで中国の高級役人の家にあったものだそうだ。まぁシノワズリでは外国人受けする一般的なランプ…の筈だった。
そのランプが我が家に来てから3日目の夜。久しぶりに滅多に見ない夢を見た。美しい中国の妙齢の女性が出て来て、椅子に座って優雅に裁縫のようなことをしている。どうもその半端でない美しさに、彼女の正体が普通の人間ではないと気付いたが、悪いモノでもないらしい。
たとえ妖怪(笑)であろうと悪霊であろうと、家のエネルギーを吸ったり、私自身に手を掛けたり、家族に仇なさぬ限りは祓いもせず、そのままにしておこうと思っている。雰囲気は友好的で、私と友達になりたそうな印象さえある。何か面白い事の前触れかな?最近は頻繁にその女性の夢を見る。切れ切れの画像から、青いサギ(鳥)の姿も見えるので、私とはどうやら鳥繋がりの精霊か。そのうち何か話し出すかもしれない。
アンティークを買うのはある種危険が伴うが、それも縁あってのことなのかもしれないな…。
Posted in きょう女の独り言 on 06/30/2009 08:43 pm by saho
知人曰く。禅宗のお寺で座禅を組んだ後には質素な食事が振舞われるらしいが、一汁一菜の質素な食事を摂ると頭の中がクリアになるらしい。それには私も同感!最近は冷蔵庫の中に肉類の買い置きなどを控えるようにし、家政婦のように子供の食性におもねることなく毅然と和食中心を心がけているが、記憶力は親子共々向上したように感じるし、頭の回転も一時間に一回転くらいは以前よりもスピードアップしたようにも感じている。
それに…痩せた(笑)。以前は茹でたジャガイモとキャベツ、少しのソーセージと硬い質素なパン。それだけを毎日同じように食べているような国出身者にノーベル賞学者が多く排出されると言われていた。粗末な食事には、鋼のような強靭な忍耐力と精神力が育まれるものなんだろうか?
さて禅宗での話。質素な食事で鍛えられた頭脳を以って禅問答に取り組むとあらば、さぞや…と思いきや、師匠の奇怪難解な問答に満足に返答するのは至難の業らしい。師に認められる答えを見つけられるまで、幾度もうな垂れ退席し質素な頭脳食を食み、やがては日本人に酷く欠落しているウイットに富んだ頭脳を磨いていくんだろう。
しかし一汁一菜…今の時代では問答よりもこちらの方が、かなり難しいもののようなのだが。
Posted in きょう女の独り言 on 06/30/2009 08:00 pm by saho
知人のお嬢さんに、知的障害者がいる。お母様似のとても美しい娘さんで、私を見るといつも笑顔で寄ってきてくれる。うちのチビと同級生な筈だが、透き通った純粋な黒い大きな瞳は、もっと幼くも見えた。
私を見上げるようにしながらギュッと手を握ってきた彼女の冷たい指は、果たして真理をこちらの世界で無事に掴み取ることが出来るんだろうか?などと健常者にありがちな、穿った考えを一瞬抱いた拍子にハッとさせられた。
何にも囚われず、深く悩む出来事もない世界では、真理への道は極めて辿りやすい平坦な道なのかもしれないと…案外、私よりも数段上の道を歩いているのかもしれないんだわ♪などと思いながら、黄色い落ち葉拾いに夢中になる彼女の背中を眺めていた。
こんな小さな冷たい指でも、その中には何よりも輝く真理を掴み取ろうとしている生きることへの強さを感じられたような気がして…嫌なニュースが報道される毎日ですが、久しぶりに心が暖かくなりましたよ。
Posted in きょう女の独り言 on 06/30/2009 07:55 pm by saho
最近、品性について考えさせられている。品性とは生まれ育ちも多少は影響するが、その気高い精神性が一番大きく関与するもののようで、訓練したからといって簡単に身に付けられるものでもない。
また裕福な家庭や教育に熱心だからといって子供に植え付けられるものでもない。
何故なら品性とは天から与えられた資質に因る処が大きく、霊格やら魂の器の大きさにも深く起因する。内部よりの光の強さとでも表現した方が解り易いだろうか。
どのような環境にあっても、与えられたもののみに満足出来る強さを持つそのしなやかな精神性…いつか見習ってみたいものでは…あるな。
Posted in きょう女の独り言 on 06/29/2009 11:03 am by saho
お寺が好きな知人と最近の凶悪な事件について、凶悪犯は何度も犯罪を繰り返すが、何故だろう?といった話題で盛り上がった。座禅を組むことが好きな知人は「慣れから罪を重ねるのではなく、心のザワメキを抑え、そこから逃げるためにまた罪を重ねるんじゃないかな?」と言った。その後付け足しで「無限地獄のようにね」と抹香臭い言い回しがもれなく付いて来る。嫌いと云うワケではないが、どうも仏教的な表現は苦手だなぁ〜(笑)。
さて、犯罪を繰り返す凶悪犯も人間であるから、ちょびっとは相手の気持ちも理解出来るはずなんだが、犯行に及ぶ瞬間には全てが吹っ飛ぶほどの強い憑依は確実にあったと思える。自殺者の霊もそうだが、死後の世界を理解せずに死んでしまった過去の犯罪者たち。死ねば全てが終わるといった発想で自殺したり犯罪に走るのが、その何よりもの証拠だと思う。が、自分は死んだはずなのに、何故だかまだ生きている!?その矛盾が矛盾を呼び、苦しさ紛れに護りのユルい微弱な生体エネルギーを出す人に依りかかる。そして、同じ経験を体験しようとする。
結局、己で全てを悟るまでは無限地獄か。絶望的だが、寺もなかなかいい表現を使うな。しかし血の池地獄などとあの世に存在もしない世界を作り、大法螺吹いて民衆を誑かす宗教者も、まさか己が無限地獄の住人の仲間入りになるとは、思ってもいなかったんだろうな。
Posted in 悩み相談 on 06/29/2009 11:00 am by saho
また長らくサボってしまった。これといって書くことも無いので、知人に入った面白い相談話から。
相談者A氏は夢に頻繁に動物が出て来るそうだ。それも悲しげに鳴くらしい。姿形から多分に牛だと思えるらしいが、自宅の風呂場が特に不気味なそうらしく、なんとかならないか?との内容。
この土地が以前に家畜のト殺場だったろうことは波動の低さから容易に判るのだが、そういった悲しい波動を長年に亘り大量に出したり放出した土地は『穢れ地』となってしまう。
家畜・動物と人間とは、魂のレベルに大きな異差があるため決してお互いの波動が重なったり、同調したりはしないものの…穢れ地となった波動にはまるでブラックホールが光までもを飲み込むように、マイナスのモノが強大化してしまい、弱々しいエネルギー程度の人なら生体エネルギーまでをも吸い取られてしまうので、近付かない事が一番望ましい。
京都にもあちこちに家畜のト殺場があり、何かの用事でフラリと立ち寄った折に不思議な気分の悪さを感じたことがある。
ヒトと家畜の魂や霊が同化することは絶対にないが、長期間住んだりすると精神の内部に似たような感性を持ち始めるようなので、やはり住むことは避けた方がいいだろう。お風呂場が気持ち悪いのは、湿った水場だからだろう。やっぱり牛は食べちゃいけないよ。恐怖に凍えた波動を抱いたまま死んだ牛なんて食べても決して健康になれないばかりか、妙〜にイラついて気が短くなっちゃうのって、知ってました??
Posted in きょう女の独り言 on 06/29/2009 10:56 am by saho
仕事で鹿児島まで飛んだ。西郷どんの故郷で、不思議な言葉を操るクニ。関西とは明らかに神の気配も異なり、とても大地のエネルギーの強い街だ。桜島が未だに活火山だということが一番大きく影響しているせいだろう。
名産物は芋焼酎にさつまいも、薩摩揚げに黒豚――ちょっと共食いな気持ちになるのが悲しい。宿泊先の近くに霧島神宮があったので、ご挨拶に寄った。天孫降臨の山として知られる高千穂峰もそばにあり、ニニギノミコトが天から降り立った場所と言われているだけに神々しい気配が辺りを包んでいる。
神社は力強い男性の神のような感じで、大地からエネルギーが湧き上がっているような雰囲気。霧島は初めてだったか何から何までスケールの大きさや、時間の広がりを感じさせる土地で、是非又ゆっくりと神社めぐりをしてみたいものだと思った。因みにニニギはアマテラスの孫にあたる。ニニギの妻は例のコノハナサクヤヒメ。初夜の同衾だけで懐妊したのは君が浮気したせいだ!と美しい妻を不貞扱いした、嫉妬心、猜疑心共に神界NO一のサイテー野郎である(笑)。
またコノハナの、不美人だが永遠の命を与えてくれるイワナガヒメという姉を同時に妻にしなかったために、命に限りがあることを体現するおバカな神でもある。
げに恐ろしきは思慮浅きこと哉…だな。神でもこの体たらくだから、人である我らはもっと心せねば…な。