Posted in 悩み相談 on 11/05/2009 09:55 pm by saho
メッセージが高次元からのモノか、低次元からのモノかがよく判らないと質問を頂いたので、それについて。
まず遥か高次元からのメッセージは、ほとんどないと、それくらい覚悟していて下さい。
仮に来たとしても、感覚的な軽いモノの場合が多く、感性に訴えかける程度の場合が多いので、それと気付くまでに若干の時間を要します。
また、低次元のモノはこの世と隣り合わせに存在する霊界・幽界からアクセスが来るので、極めて肉体的に五感で感じます。要するにとっても判りやすく、ストレートです。
大体が自分と同レベルかそのほんの少し上から、メッセージなどは入る場合がほとんどです。低級霊に憑かれ易い人は、本人の波動が低下しているからこそ、憑かれ易くなっているので、基本的なところから徐々に自分の波動を上げていって下さい。
Posted in 心のあり方 on 11/05/2009 09:49 pm by saho
相談の電話が入った。とある地方に奇跡を起こす霊能者がいて興味があるので訪れてもいいかどうかのお伺い。私はこう答えました。「それを一種のエンターテイメントと位置付けて行くならいいが、奇跡に目を奪われて心を奪われてはいけない」と。
そもそも奇跡とは、天道より大きく外れた道を指しています。天のルールに外れた場所に、真理など存在する筈も無く、それこそそこは低級霊の巣窟。そこから得られるものは、所詮そのレベルのモノでしかありません。
ですが、ここで一番恐ろしいことは、超人的な霊能者に逢う事によって、本人が奇跡的な力で一足飛びに優位なる特別な何かを得たいといった心の動きにあるんです。本人は興味本位でと話していたましたが、心の何処かにそれを望む動きがあったからこそ、興味を持ってしまっている。が、きっと本人はまだ、それに気が付くことはないんでしょう。
その初動の心の動きを見る癖を、どうか持っていて下さい。ここの辺りが一番難しくって、一番簡単だといつも話している、真理の基本なんですから。
Posted in きょう女の独り言 on 11/05/2009 09:06 pm by saho
朝から気になるニュースがあった。宮崎、鹿児島県境の山で小学5年生の男の子が親と逸れ、遭難して今日で二日目。朝から捜索を開始しているとのこと。自分の息子と同じくらいの子供が…と思うと切なくてもう我慢が出来ず、自分に関係の無いコトではあるが、神さまに自分の間違いを先に詫びといてから、その男の子が無事に発見されますようにと祈り、ヒーリングを始めたときのこと。
その男の子が手の中に現れて「おばちゃん、ありがとう」元気そうな声でこう言った。それを聞いた瞬間に、私にも全てが判り、ボロボロと大粒の涙が溢れてきた。怖かったよね、寂しかったよね、寒かったよね、きっと。けれど、これも君の仕事だったんだね。お疲れ様、気を付けてちゃんと還るんだよ。そう話してから、もう一度ヒーリングをしようとしたけど、既に彼は何かに十分護られているようで、もう私の力は必要としないようだった。お昼過ぎのニュースで、その男の子は心肺停止状態で発見されたと言ってた。
残された彼の家族が、どうか必要以上に自分達を責めないでいられるように、と願った。ちょっぴり切ないニュース。でも、これも本人たちにとっては必要なこと。ホントに、とっても切ないけれど…
Posted in きょう女の独り言 on 11/04/2009 02:03 pm by saho
ちょっと前の話になるが(だって書くこと無いんだもんっ)、京都・太秦の広隆寺に行って来た。603年の推古天皇時代に聖徳太子が建立とあったので、相当な歴史を持っていることになる。国宝の桂宮院本堂(八角形で奈良の夢殿に良く似ている)も聖徳太子が作ったらしいが、不思議な氣が辺りには流れていたが、特にどう・・といった感じではなく、ただカタチの異様さが浮き出ているような感じ。
広隆寺へはあの有名な弥勒菩薩の半跏思惟像を観る為に遠足気分で出掛けてみましたが…安置してある場所は、きっと由緒ある仏像ばかりだとは思うんだけど、博物館のようにいろいろと並べてあり、不気味なことこの上ない場所で…気配としては納骨堂さながら、といった感じ。
半跏思惟像さん眺めてるのに、後ろのバカでかい(腕の何本か取れた)仏像が、「おい、そこのちっこいの…」と話しかけようとしてくるのを全く無視し(失礼でしょー?)、あちこちの仏像から縋るように刺さる視線をスルーし、よろけながらようやく脱出してきました。半跏思惟像は美しかったけど、それだけ。子供に本物の美術品を見せるのも大切だけど、もう仏像は嫌やわぁーっ!!
Posted in きょう女の独り言 on 11/04/2009 01:38 pm by saho
すごく個人的な話になるのだが(いつもだけど)、息子のお能好きをあるところで話したところ、なるべく早い時期に止めさせた方がいいとの助言をいただいた。本人の霊能力の強さと、お能全体に流れる心霊の影響の強さが、お互いに引き寄せ合っているから、将来的にお能の道に入るなら兎も角、今はまだ早すぎるから…と言われてしまった(前世でもお能と縁があった様子らしい)。
なんとなく特別な空気が流れていたコトも判っちゃいたけど、辞めさせられないのも事実で、次のお稽古がいつあるのかを楽しみにしている彼に、いま私の口からそれを切り出すことは出来ない。
お能が幽玄の世界のものだと知ってはいたが、まさかそんなところでリンクしていたとは!?因みに私の好きなお茶の世界も、幽玄の世界に属するものです(きゃぁーっ)。いけばなは大丈夫。お習字も大丈夫。編み物も大丈夫です。けれど源氏物語はちょっとヤバ目です(笑)。因みにあなたの趣味は、大丈夫ですか?
Posted in きょう女の独り言 on 11/04/2009 01:33 pm by saho
先日、滋賀県の長浜のガラス・陶芸市に出向いてきた。お目当ては、しょっちゅう割ってしまうガラスのタンブラーなどを買いに♪
最近は観光地化され、様々にお洒落なショップも増え、作家物の充実する市は盛況でどこも黒山の人だかり。人酔いしたので、フラリと浜にある長浜城までお散歩に。この城は最近建てたコンクリート製なのでどうってことないわよねーと思っていたが、城に入る周辺でいつものように眩暈がし、足が素直に入り口に向かって進まない。霊や念ではなく、多分、なにかのパワー(?)を使って城の基礎を作っているような感じだ。
城に登ったが、特別には何も感じず、いい景色が見えただけに留まった。その後は近くの須賀谷温泉に立ち寄ったが、とっぷりと日の暮れた辺りは不気味な気配。何かシンと空気の張り詰めた気配を不思議に思いながら辺りを窺っていると、標識に史跡の案内が書いてあり、それでようやく合点がいった。「小谷城址」。
温泉は質のいい金泉で、昔はお市の方やら浅井長政もよく通っていたと書いてあった。素晴らしい露天風呂に浸かりながら、だけど思わず辺りの静まった気配に身を固くしてみたり(笑)。いい温泉だったが、今度来ることがあったらお昼にしたがいいなっ。柔らかい近江路の秋の光は、更に身体の傷も早く癒えそうで心地いい一日でした。
Posted in きょう女の独り言 on 11/04/2009 01:18 pm by saho
ただ、巧く真理をゴミ箱からキャッチするにはコツが要る。心の向きを真理を拾い集めることだけに集中させずに、肩の力を抜き、必要となれば筋肉を付け、要領を覚え、僅かに光を放つカケラをかき集めればよいだけだ。川底の砂金集めに雰囲気は似ている。
だから、私は力を抜くコツと、光り物が傍を通り過ぎようとする際に、極めて注意深く敏捷にそれを掬い取る要領を伝えているだけかもしれない。因縁とはかき集めた荷物(ほとんどがただのゴミ)に本人がそれと知らずに押し潰されそうになっているようなもの。
本当の固いシコリはこの世を去ってから自分でケリを付ければいい。力の抜き方さえ覚えておけば、そんな重荷にも柳のようなしなやかさで対処できることだろう。
Posted in きょう女の独り言 on 11/04/2009 01:07 pm by saho
因縁という言葉の定義は怪しくて、世間では高価な壺やハンコの販売促進によく使用されている言葉のように思う。いまウイッキで検索してみたら「因縁は心霊的・オカルト的に拡大解釈され、反社会的な教団や霊能者と自称する人物に、都合よく利用されることも往々にして多い。」とも供述してあった。
笑った。確かに、言葉としてのインパクトが大きい分、その扱いに関しては抽象的で、ついでにこの言葉のややこしさを増す最大の要因は、残念ながらこの世では検証できない。私も今まで沢山の方の「因縁切り」をしてきたが、この人にはちょっと無理かな?と思える人にはほとんど効果が有るように思えず、心のブレがなくなってきて成長が感じられる方にとっては、目を見張るほどに効果があった。これらの線引きは何故なのか?一言で片付けるなら、「本人のやる気」のみ。
真理なんてものは誰かから学び取るほどの難しいモノでもなく、そこらに転がった知識や常識や、塵や埃の中にだってちゃんと微量ながらも含まれている。要は、そこから学び取れるだけの感性を備えられるか、否か、のみ。続く…
Posted in きょう女の独り言 on 11/03/2009 12:17 pm by saho
入院中に不思議なことがもう一つありました。入院は2回に分けて、内科で内視鏡的な手術を一回と、外科で腹腔鏡を使って胆嚢を全摘する合計で2回。
その一回目のときに黄疸が出ていたので急遽、総胆管に管を入れたんですが、2回目の術直後にはちゃんとレントゲンでも写っていたのに、それを取り出すべく胃カメラの大きいのを呑んだら、在る筈のその管が無くなっていたんです。
無くなるなんて事はないはずです!とまたレントゲンを撮ってみましたが、私の体内にはもうなんの痕跡もありませんでした。可能性としては腸に流れ出たかもしれないのですが、今まで一度もそんなことはなかったそうで、医師と看護師と5人くらいで「どこいったんや〜?」って暫く考え込んでいました。
これも皆さんからの愛のヒーリングのおかでなんでしょう。その節は大量のヒーリングをありがとうございました。お陰様で入院中に辛かったことといえば、お風呂に浸かれないことと毎朝の採血くらいでしたから。しかし、お尻から出るにしても、けっこう大きい管なので…判るはずなんですけどね〜。私とひと月ばかり苦楽を供にしたあの管、ホントどうなっちゃったんでしょう???
Posted in きょう女の独り言 on 11/03/2009 12:14 pm by saho
10月のある日。息子が無事に13歳の元服を迎えられたお礼と、大人になるための知恵を頂きに、京都の習慣(京都人の必修科目)に従って嵐山の法輪寺にお参りに行って来ました。
このお寺は713年から建っている有名な古刹らしく、現世利益たっぷりのお寺ではありましたが、古いだけあって不思議な言い伝えも未だに語り継がれていて面白かったです。
先ず始めに、京都市内から向かって渡月橋を渡って参拝しなければいけない、というのがあります。そして参拝の折は本道の前のドラのようなものを大きな音が鳴るように打つこと。そして、祈祷が終わった後は渡月橋を渡り終えるまでは決して後ろを振り返ってはいけない、、の3つです。
しかし、今まで神社での祈祷や祝詞しか耳にしたことがなかった息子にとっては、お寺での読経は笑い出したくなるほどに面白かったらしく、私もこの珍しい体験を奇妙な気持ちで聞いていました。
だけど、昔なら13歳といえばもう成人だったんですね?これからは彼をチビとしてではなく、大人としての自覚が備わるように、一人前の男として接して行こうと思っています。子育て卒業もあと少し?それとも、まだまだ??ちょっぴり息子が眩しく見えた、そんな嵐山でのひと時でした。