Posted in きょう女の独り言 on 12/16/2009 01:32 am by saho
ある人と話していて、「どうも最近、虎の様に攻撃性が高まって来ていて困っている」といった内容の話題になった。一瞬、ドキリとして視てみると…確かにその人の背後にドッカリと大きな白い虎ちゃんが居座っているのが見て取れた。
そして、その大きな虎ちゃんは私と目が合うと、バツが悪そうに軽く会釈してくれる。
あっ、この虎は以前私が身体の中で飼っていた、あの白い虎…。この気配は見覚えがあるし、攻撃性のアップさ加減に定評のあるこの感覚は、まさしくあの虎ちゃん!それに気が付くと、なにやら申し訳ないような気分で一杯になり、早速おずおずと祓うことを申し出てみた。もちろん了承を頂き、無事に祓ったが…まさか、こんなところで再会するとは思いもしなかった。
以前に私の力強さを欲しがった人の中に”虎”を入れることを試してみたことがあったが、他の方の中にはとっくに”虎”は居なくなっていたので気にもしていなかったのだが…。そんな虎事件のその後でした。あの虎、次は何処にいくんだろうな?
Posted in きょう女の独り言 on 12/11/2009 12:10 pm by saho
先日、天皇御即位20年の祝賀パーティでEXILE(エグザイル) と云う名前の、柄の悪そなバンドが歌を献上していた。最近の日本もとーとー変わってしまったんだなぁ〜と諦めるようにニュースを見ていて驚いた。
ボクシングの亀田と見分けのつかないような顔をしたボーカルから、恐ろしく光が放射されていたからだ。ヘナチョコりんだと思っていたのに、歌う姿の背後から鳳凰ばりのオーラが出ている。私は息を飲んだままTVを眺めていた。スゴイ…。ただのジャリタレだと思っていたのに、こんなに実力のあるバンドだったのか。それとも天覧奉祝曲だから何かの力が働いたのか。
ダンスは見なかったが、歌に関しては近くCDでも買って聴いてみようかと思っている。もしかしたら…この日本はこれまでの概念のものとは大きく変わっていくかもしれないけれど、ヘンだとこちらが勝手に感じていたニューエイジたちにも、古から綿々と続いてきた大和魂のようなものがちゃんと受け継がれていたんだと確信が持て、なんだか嬉しかった。そんなつれづれ…
Posted in きょう女の独り言 on 12/11/2009 12:06 pm by saho
朝のワイドショーで、パートナーの携帯電話を覗き見する女性が7割近くもいる!といったデーターを特集していました。ゴルフのタイガーウッズも携帯から浮気が発覚して妻に殺されそうになりホウホウの態で逃げ出したようですし、兎角携帯の覗き見による悲喜こもごもはよく耳にします。
さて、ここで考えてみました。自分ならどうするでしょう。まず、私なら絶対に見ません。それは何かの信念に裏打ちされたもの…だと答えればカッコイイのでしょうが、見ない理由は唯一つ。怖いからです。
どんなに清浄に管理していても、叩いて埃の出ない枕なんてありません。あったとすれば、それは誰も欲しがらない固いだけの枕。互いの信頼関係を更に失うような覗き見で、奈落のダークサイドに堕ちたくないだけ。
つーか、途中でどんなによそ見したとしても、最終的に傍に居ればそれでいいんだと、半ば諦めているせいなのかもしれません。そんなことを考えてみた携帯のお話。
だけど、いざその場になると、私はタイガーの女房以上に恐ろしいオンナになってしまうかも…しれないんですけどね(笑)
Posted in 心のあり方 on 12/11/2009 11:54 am by saho
右のほっぺを打たれたら、左のほっぺを差し出せと西洋の宗教では説くが、少し話の内容が端折られすぎてはいないだろうか?そもそも何故最初に右の頬を打たれなければならなかったんだろうか?
無抵抗を貫く姿勢と言えば聞こえはいいが、最初に右を打たれなければならないような事象があったればこそ、打たれた筈だ。急にトラブルに巻き込まれる人にも、同じような傾向がある。
トラブルとはそもそも必要悪の一つで、本人に悪いところがあるからこそ、気付きの為にトラブルが自動的に与えられるようになっている。
心の奥底に転がる波動が低いが為に、似たような低い波動を自動的に引き寄せてしまう。そもそも心の波動を高く保っていれば、右のほっぺを打たれる事象になど陥りやしない。
師走に入り大掃除月間になりましたが、腹の底も大掃除をしてみませんか?溜まった汚れが、出てくるかもしれませんよ??
Posted in 心のあり方 on 12/11/2009 11:50 am by saho
軽く口論があった。その場に私は同席していなかったので、その内容に関しては不明瞭だが。どうもお互いの認識の相違が以前からあったようで、それが瞬間に吹き上がり討論となったらしい。どちらが正解でどちらが間違っているのかは、ここでは問題ではない。自分の感情や感性に頑なまでに忠実であろうとする心構えが、残念でならない。
同じもの同士が穏やかに交わることが”和”なのではない。異質なもの同士が、それまで人間として培って来た業と感性を駆使し”和”することで進化があり、新たな気付きが生まれるものだと思っている。
何処が悪いと責めるのでは、いたずらなただの北風になってしまい、無理矢理旅人からコートを剥ぎ取ろうとするようなもの。ただの一度でも太陽を齧ったもの(天界真理を学んだ)であるなら、太陽として強烈な熱で以ってコートを自発的に脱がせてみて欲しい。
あ〜どうしたものなのか…ため息をつきながら電車で揺られていると、目の前に大きな二重の虹が現れた。それを見て、うふふっと笑えてきてしまった。神は、それすらをもお見通しだったようだ。これにより、薄皮はまた一枚剥れるだろう。それぞれに心の中で決着を付ければいいだけのこと。
天の視点では義も道理もプライドもが、途端に役に立たなくなってしまうことだけは、一つ頭に入れて置いてください。そんないざこざ事件で思うこと、でした。
Posted in きょう女の独り言 on 12/11/2009 01:25 am by saho
最近ちょっとハマッているドラマがある。滅多にドラマは見ないのだが、何気なく見てからググッと引きこまれてしまった、日曜日の21時からの「仁ーJIN」である。現代の医者が幕末の江戸にタイムスリップしてしまい、医者として現代的な治療を始め、幕末の時代に流されていくといったような内容。
多分、作者が神の琴線に触れつつ書いたんだろうと思うが、毎回一度は「神は乗り越えられる試練しか与えない」といった台詞が入り、観ながら「うんうん、やっぱそうだよなぁ〜」と何度も納得させられてしまう潔さと一生懸命さがある。馬に蹴られて瀕死の女性を現代医術で救ってみたが、ある日辻斬りに遭って結局は死んでしまったり。
歴史は小局を一部変えられても、大局では変化させられないといったことも、事実かどうかを確認する術を持ちはしないが、そんなとこなんだろうなと思えたり。己の成せるべきことを一生懸命生きる姿が、とても心地いいドラマです。
こんな人として基本的なことで感動を与えられる人間に、私もいつかなってみたいものだと思っています。興味のある方は一度どうぞご覧になってみてください。そんな最近のお気に入りでした。
Posted in 心のあり方 on 12/11/2009 01:23 am by saho
取引先の方と話していて不意に神の話題になった。この方は伊勢神宮の崇敬会に入っておられるほどに日頃から神を敬い、天皇家を敬い、冬でも水垢離(みずごり)で禊祓(みぞぎはらえ)をされるほどの熱の入れよう。
だが、最近本人が大腸がんを発症し、来週手術されるらしい。本人は「神への気持ちが足りないからだろうか?」とのたまうので、何をお祈りしていたのかと訊ねると”日本国の安寧”と”天皇家の安寧”だと語った。随分と右寄りな骨董級の思想にタジロイだが、本人はマジメそのモノで熱く語っている。まるでアリが象に喰い付き、倒すことを夢見ているような程の滑稽さと、驕りが感じられて気分が悪かった。
勿論、何を祈ろうが全て本人の考えることだから結構なことだろうが…。自分の身の丈に合った発想が出来ぬからこそ、身体が悲鳴を挙げている声にも耳を傾けられないんだろうなぁとも思えた。
真理を求め、高尚な発想も祈りも高潔なような気もするが、それをするのは実際に国を動かしている者がすべき仕事。またその祭司の最高位が天皇であるのに、逆に祈られても迷惑なだけだろうに…。
神も大切だが、分を弁えることももっと大切にしなくっちゃ何処かでサイクルが乱れてしまう。用心しなくっちゃと人の振り見て吾身を振り返りながら自分に言い聞かせてみました。