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Archive for 6月, 2010

雨の日に考えること

これを書いている今も、木々の葉を叩き落すが如くに雨の降り頻る音が、窓の外から聴こえて来ます。どんな天災も事象も、全ては神の為されるがままに素直に受け止めていきたいと願っては居ますが、ここ数年は自然の剥く牙にも鋭さが増し、来るべき艱難をほんの少し憂いたりもしています。

バケツをひっくり返したような…と表現されていた激しい雨も、昨今ではさして驚く程でもなくなり、自然災害の厳しさは年を追って増大を極めるばかりです。しかし怖れてばかりでは先へも進めないので、全てに感謝しながら「素敵な、豪雨の日」「好い、雨にずぶ濡れになった日」などと肯定的に考えられるようにしています。

どんなに苦しいことでも、厳しいことでも、結局は自分で受け止めざるを得ないのですから、質の良い諦めを持つとそこに生じる精神的な摩擦は少なくなります。さて、次にはどんな自然現象で、我々を驚かせてくれるのでしょう。何が起こっても我々はいつかは天に還ります。その天の為されることに、何一つの間違いなど生じる筈がありません。私が普通の人と、ちょっと違うところがあるとすれば(よく言われるので・笑)、天を信じている点があやふやではなく、非常にリアリティを伴った確信を持っている点でしょう。何一つとして偶然などありません。全てが必然です。雨の音を聴きながら、そんなことを考えて見ました。

 

ともだち

 久し振りに逢うともだちと、夜の先斗町に遊びに行った。何があったなどと取り立てて互いに口には出さなくても、酒や料理について何が美味しいだとか、今度はあれを食べに行きたいねだとか、そんな他愛もない会話だけで、相手を丸ごと理解出来ていたりする。

 この間合いの取り方は絶妙で、長い時間を掛けゆっくりと成長を遂げながら、深部からの理解と愛情も付いて来ないと、どこかギクシャクしてしまい互いの存在が疎ましく思うことも出て来てしまうものなのだが。

 ただ、傍に居ることに、こうも違和感が無いのは何故なんだろうと酔った頭で辺りを眺めていて、或る事に気が付いた。それは『同化』と呼んでも差し支えないほどに、気の色が同じ色になっていたし、思考のパターンもいつしか同じような波長になっていた。他人同士が結婚して一緒の時間を長く持つと、良く似た夫婦になるのと同じような原理が、目には見えないが歴然と存在するからなんだろう。

 大切に想い、労わり合える関係が、実はこの世の前からもずっと続いていたんだろうな~などと思いを独りでコッソリ巡らせて見る。そして独りでムフフと笑ったりしていた先斗町の夜でした。

 

はやぶさ

 すごく嬉しいニュースがあった。それは小惑星の探査のために宇宙へお使いに出ていた「探査機はやぶさ」が地球へと還って来たことだった。途中に何度もトラブルに見舞われながら音信不通になったり、最新技術のエンジンが壊れたり、惑星の引力を利用して加速する予定がどんどんズレたりと、ここ数年、私も強い興味を持って注目していたのだが、ボロボロになりながらもようやく還って来た。

 小惑星“イトカワ”に着陸し、そのサンプルを持ち帰ることが「はやぶさ」のミッションだったわけだが、無事に帰還といってもその本体は大気圏突入でサンプルケース以外は全て燃え尽きてしまう。火の玉のように真っ赤に燃え上がりながら、流星のように空を焦がす「はやぶさ」の画像をTVで観ていると、心の中でお帰り…と声を掛けながら、その健気さに感動していた。

 探査機に魂は無いが、その姿に擬人化させた感情も覚えていた。日本の技術も大したものなんだと誇りに思えたものだが、それに関わった技術者の、最後まで決して諦めない凄さに感服。あちこちに神の気配を感じさせるこのはやぶさの、もう居なくなった空を見あげてみた。きっとこのニュースを見た人のほとんどが、同じような何かを感じているはず。久し振りに清々しいニュースでした。

 

猫4

 今まで、ペットが大好きな家族の身代わりになった話は幾つが耳にしたことはあったが、こうもハッキリと見させられると驚いてしまう。なぜなら、その猫が、この相談者の家を覆う邪の気配を一身に受け止めようとする気配が感じられたから。

 視ていると、まるで番犬のように何かに向かって唸り声を上げる気丈なイメージが浮かんだから。ちっちゃな身体なのに、大切にしてくれた家族を護ろうとするだなんて…。なんと勇敢で、なんと勇ましく、なんと愛情に溢れた生き物なんだろう。

 翌日、その猫は家族に見守られこの地上を旅立った。そして私はまたメールを送った。『とても辛い選択をされ、悲しい経験をされたことと思います。猫などの動物は人の魂とは格が違いますが、家族を想う気持ちに格などはなく、これからもずっと、あなた方ご家族の傍に居ると思います。ええ、勿論、今も居ますよ。だから悲しまないで下さい。もう二度と猫を飼わないなどと言わないで下さい。』ちっちゃなこの猫ちゃんに、私も生きる勇気と立ち向かう勇気を貰った。…生き物って、いいな♪

 

猫3

 この相談者からは安楽死にすると返答がありましたが、それまでにもヒーリングは行なっても効果はあるのか?と質問がありました。また数日前から相談者のお母様が入院・手術されていたそうなんですが、それについての返答メールにこんなことを書きました。

 『猫の身体に対しても、もちろん人間に対しても、命を持つもの全てにとって、ヒーリングは大変有効ですので、苦しがる猫に対してもヒーリングをしてあげて下さい。無くなる直前、直後にも魂的にはとても有効です。それからあなたのお母様が入院・手術をなさったそうですが、これらの凶の大半を、この猫ちゃんが引き受けてくれているようです。判りやすく書けば、身代わりとも云えるでしょう。最後まで、どうか大切にしてあげて下さい。』

 すると、返って来たメールには「母も同じ事(自分の身代わり)だと言っていました。母が入院したその日から急に猫が激変して具合が悪くなったからです。」とありました。続きます…

 

猫2

 返答メールの続きです。『しかし、人間と同じように受け取ってはいけません。ペットはあくまでペットです。動物と人間を同格に扱ってはいけません。哀しむことはいいですが、必要以上に哀しむのは、自分がペットに見捨てられることを(最終的には)嘆くこととなるので、知らず知らずの内に自らの霊性を低めます。辛いでしょうが、「今までありがとう。あなたを永遠に愛しているわ」そんな気持ちで送ってあげて下さい。また天に対しては「素晴らしい出会いをありがとうございました。感謝いたします」そんな気持ちで居てください。

 因みに私ならこの場合どうするのか?を書いておきたいと思います。長年連れ添ったペットが、もう寿命が尽きる手前で苦しんでいたとすれば、迷わず安楽死の手段を取ります。ただ愛してる。ありがとうとペットの身体を撫でながら、安楽死を施してもらうでしょうね。あまり考え込まないで下さい。死は自然な現象の一つです。』続きます…

 

 ある朝、まだ薄暗い時間に悲痛なメールが一件入った。自宅の愛猫がとても苦しんでおり、今にも死にそうになっている。このまま自然に任せたほうがいいのか、それとも安楽死を獣医によって施してもらうのが良いのか、また安楽死をした場合には魂に傷が付かないのか、その魂は成仏出来るのか、といった内容。

 当の本人はかなり気持ちが動転しており、猫を擬人化した感情の移入が感じられたが、長年可愛がっていたペットが腕の中で苦しんでいると、居ても立っても居られないほどに切ないものなんだろう。そこのところだけ、ちょっと釘を刺しながら…メールを返した。

 『猫は自然な生き物です。魂の状態も、人間のそれとは異なりますので、成仏と言った観念も無く、どのように亡くなっても彼らの魂は傷付きません。断末魔の叫びを哀れにお思いになるのなら、安楽死もいいでしょう。また、そのまま寿命が尽きるまでにしておくのもいいでしょう。』続きます…

 

雨の日

 京都も梅雨に入り、せめて曇り空の日を選びながら洗濯物を干してみる。中途半端な雨の日は気分も中途半端になってしまうが、根性を入れてザーサーと雨の音が聞こえる日の朝は、何故かこっちまでやる気になっていたりする。

 「負けるもんかっ!」と感じているわけではないが、移動の折に雨に濡れない様にするために、ちょいとばかし気合を入れる必要があるからかもしれない。バケツをひっくり返したような豪雨のときは、不思議に興奮していてルンルンな気分になる。こんな時のために買ったのに、滅多に出番のない…下駄箱の一番上で箱に入ったままになっている長靴が履ける喜びと、お気に入りのレインコートが着れる嬉しさと…いやいや、これは…強大な自然のパワーを直に感じられる、地球に住む生き物としての歓び…なのかもしれない。

 自然の為せる力は、一番身近に感じられる神の力でもあるんだもん。ガンガンに畏敬心が湧いてきて、その中で生かされていることへの悦びにも繋がっていく。よっしゃ~!今日も頑張るぞっ!!完全防備で身を固め、気合を入れて大雨の中を仕事へと向かう。…そんな雨の日。

 

私の方法は…

 私はこんな魂への問いかけ方法を用いています。何か物事が起った折に、精神が多少乱れたときになどは、私はその場でそっと目を閉じてみます。目を閉じるのは、外部との繋がりをシャットアウトし、自分だけの結界の中に入り込むことを指しています。

 それから深く深呼吸…肺に蓄えられていたそれまでの空気を全て吐き出して、新たに肺いっぱいに天の気を取り入れてみます。それを二、三回ほど繰り返すと、嫌な毒素を孕んだ己の思想が払拭されて清々しい気分に満たされているように感じてきます。そして、自分の魂の中深くに入っていきます。

 魂の中へと表現すると解り難くなるかと思いますので、いつもの手剣を用いての祓いの折の脳波の周波数にとても似ていますので、その程度の要領と想像してください。―その程度の精神統一のままで、自分の魂の中に入ると想定して。。

 「さて、自分はこの問題をどう感じるのか。自分は今後どうしていきたいのか。どう解決するのが一番いいと思うのか?」と問い掛けてみます。答えは瞬時に言葉となって還ってくることもありますが、言葉にならずに雰囲気だけでどちらに転びたいのかが判るときもあります。例え何も判らなくても答えが出なくても、思考回路が整理されていることが多いので、私はいつも自分の身に起った問題解決にはこうした方法を用いて解決しています。

 その間、だいたい30秒くらい(笑)。人間の時間では30秒でも、魂の内部までシッカリと入り込むことによって時間は跳躍して体験しているはずですし、その証拠によく寝た後のような目覚めの兆候を伴っています。私は短時間でも要領を押さえることに重要性を求めているので30秒程度なのですが、慣れない方は5分でも10分でも勿論OKです。やってみると、意外と理路整然と考え方が纏まっていきます。一度時間のお在りの時にでも、試してみて下さい。

 

つぶやき

 日々寄せられている相談ごとには、様々な内容が記されていて、微笑ましかったり、深く考えさせられたり、一緒に腹を立てたり、筋違いの自分勝手さに呆れたりと、私まで同じように体験しているのかと思えるような邯鄲の夢を…相談者と同じように味わっている。

 私もきっと魂の何処かで悩みを共有し体験しているんだろう。何故、こんなことを何年も続けているのか自分でも判らないままに、それがライフワークの一環となっているし、自分の血肉になってもいると思える。

 子育てと同じように、自分のエネルギーの全てを無償のままに注ぎ込み、やがて自分はシワシワになっても老いさらばえても、そこには全力で生きた!と云う絶対的な確信と充実感と達成感があるはずだ。それを信じて…コツコツと今日も歩いている。この日記を読んでいて下さる、あなとと共に…。