Posted in 神や天のこと on 07/03/2009 10:04 am by saho
昨日の解釈は、主に肉体についての極めて表面的な部分に限られていたのがちょっと個人的には気に入らない(笑)。
では、どう違うのか。先ず、大任とは何ぞや?から始まる。これは真理探究の観点から発すれば、勿論社会や人などに対することではないことくらい、容易に想像は付くだろう。この大任とは己の…(かなり宗教用語になってしまい歯痒いのだが)、解脱に尽きる。
解脱、若しくはこの世への輪廻転生からの離脱。人間社会での勉学の不要になった者。又は更なる天界への進化、とも表現すればよいのか。それこそが、人間としてこの世に下りてきて学ぶための意味であり、極意だと思う。
先を急ぎたい魂には、当然に猛烈な試練が与えられ、緩やかに生を愉しみたい魂には、それなりのスケールの苦悩が与えられる。真理には目もくれず自分本位にこの生を生きれば、己が己の無知な魂を鼓舞させるために檻に繋がれたるような不自由さを感じる生ともなろう。その究極の真理。他に求めようとする者が後を絶たないのが現状だが、それらの者に真理を手にすることは絶対に出来ない。
何故なら真理とは、己が内にこそ存在するのだから。私なりの、そんな読み解き。
Posted in 悩み相談 on 06/25/2009 10:02 am by saho
相談から〜。相談者の弟さんで、皮膚が赤黒く変色し、発熱もしていて、ダウンしているらしい。この方は敏感な割には天や神仏はいうに及ばず、自分自身も否定しており、社会の全てを素直に受け入れられずに、長く苦しんで来られた気配。
この天のシステムを認識出来ず、神を信じられずにいるとどうなるのか…。素朴に考えてみて下さいな。この世での人間の生命の基本は、ただ成長するためだけに存在しているんです。それを拒否したり、停滞させたりするということは…当然、その目的(生まれてきた意味)を思い出させるための『知らせ』や『気付き』などが遣って来ます。
人間にとって、思い出したくないことを無理矢理思い出さされてしまうのですから、そう都合のいい事ばかりが遣って来るとは限りません。
苦しい病気や、正体不明の難病、強い痛みなどもそれに当たります。本人に太陽参拝を勧めるのも手ですが、時間が掛かります。その場合にはどうすればいいのか?
極めて抽象的な表現になりますが、祈ってあげてください。その方のために、真理を信じられるように。天を信じられるようにと。
側にいる人の祈りは必ず通じます。心をほぐすのには、本人の癒されようとする意思が必要なので無理強いはいけません。しかし、誰でもが癒されたくてウズウズしています。祈りがその一つのきっかけにでもなれば…。
Posted in 心のあり方 on 06/24/2009 09:47 pm by saho
細々とした身の回りの物を整理していた祭日。引き出しの奥からふと懐かしい写真が出て来て指が止まった。それは二十歳を過ぎたころの私の誕生日に記念に撮ったモノで、祇園の本物の置屋さんで俄仕立てではあったがかなり本格的な舞妓に変身した時の写真だった。
3時間も掛けて地毛で髪を結い上げたり、男衆さんにダラリの帯を締められて窒息しそうになったり、舞妓姿で外に出たら修学旅行生やら観光客に周りを取り囲まれ動けなくなって困惑したり、写真片手にそんな遠い昔の事を思い出していた。
ただ、その当時の私に今の友だちの誰とも出会っていなくて本当に良かったです。だって当時は相当に酷い性格でしたから、今思うと恥ずかしくなっちゃうほどです(笑)。
長い何月を掛けながら、人は育っていくものなんですね。その間には挫折もあり、驕りもあり、落胆は数知れず、また人の情に触れたりもして一体幾度泣いたことでしょう。それらの経験が凝縮され錬られ鍛え上げられ、ようやく今の私になりました。
これをお読みのあなたも、さぞかし様々な経験をなさって成長してらしたことでしょう。自分の成長がよく見えないときや不安に陥った時には、どうか昔の写真を引っ張り出して眺めてみて下さい。当時の心の微細動が、今のあなたの心になんら働き掛けないことや、悩みの種類が当時とは大きく変化していることに気が付くでしょう。
そして一番の大きな変化は、あなた自身の内部から出ているその光の強さと、屈託の無いその最高の笑顔なんです。まだまだ真理の道は長く遠いですが、人生を熟成させる旅は苦悩に満ちたものではありません。まずはそれを周囲に見せ付けるためにも、あなたが光り輝く太陽であり続けて下さい。
Posted in きょう女の独り言 on 06/24/2009 09:52 am by saho
如何に自分が小さな存在で、無力なのかを腹の底まで叩き込まれた感じで、昨日から無力感のままぐったりしていた。情けなくて泣けた。知人と話していて、わんわん泣いた。
己の惨めな自信が煩わしくて、もうこれからは何も出来ないようにすら思えた。順調に歩いてきたつもりが、そのうちに驕りが沸いてきていたのかもしれぬ。もう今後は相談には乗れないだろうし、とても人の人生に関与することなど出来ないだろうと、深海の底に沈み堕ちていた。
けれど泣いているうちに、その先に明かりが灯るのを見た。驕りがあるならば、それを払拭すればいい。例え人の為になれなくても、それでもそうなろうと自分に出来る限りの最大限の努力をしみよう。
私には私にしか出来ないことがきっとあるはずだから。こんな情けない私を知ってもらい、それなりに頑張る姿をみてもらおうと思い、この日記に記します。
本当は辛くてまだまだ泣くことも多いです。けれど真理への道は決して見間違えないように歩いていきます、あなたと。そんな独り言。
Posted in 悩み相談 on 06/22/2009 03:53 pm by saho
今回の集まりでは個人的な相談に終始した。正直、真理とは話題は懸け離れていたが、発想の基本や、心の持ち方。或いはそれに付随する処理の仕方など、現実問題に照らし合わせての実地訓練を体験出来た。
高校3年生のお嬢さんが学校を中退したいといった内容でやけにリアルだったが、それまでの家庭環境の中での話し合いや、生まれてからこれまでの子供との対峙の仕方などが下地にある以上、本音でのアドバイスをしたくても簡単に他人に手出しは出来ない。が、これも試練。この親子の芯の強さが垣間見られ、悩んでいる割に明るい笑顔がこれからの将来を物語っているんだろうと思え安心した。
問題に勇敢に立ち向かっている人は、しかしまだ相談者のほんの一部であることを、日頃から思い知らされている私にとって、これは明るい相談だった。やはり心を真理に向けられていない人には、ちょっとしたトラブルや悩みでも、致命傷に感じることが多くあるようだ。
動揺や悩みにのた打ち回ることは、自分が信じられず(それ以上に他人を信じられず)、生まれて来た我の人生を呪い、天に唾を吐き続け、呪われたように苦しみ続けて行く。そういう人は、苦しむことが余程に大好きなんだろうな。まるで虫眼鏡で太陽光を利用して、合わせた焦点の先で自分の身体をチリチリと焼いているようにしか思えない(笑)。
微笑みの大地を歩むことも、虫眼鏡で吾身を焼く人生も、どちらも自分で選び取った結果に過ぎない。あなたなら、どちらを歩みたいですか??
Posted in 悩み相談 on 06/22/2009 03:53 am by saho
今回の集まりでは個人的な相談に終始した。正直、真理とは話題は懸け離れていたが、発想の基本や、心の持ち方。或いはそれに付随する処理の仕方など、現実問題に照らし合わせての実地訓練を体験出来た。
高校3年生のお嬢さんが学校を中退したいといった内容でやけにリアルだったが、それまでの家庭環境の中での話し合いや、生まれてからこれまでの子供との対峙の仕方などが下地にある以上、本音でのアドバイスをしたくても簡単に他人に手出しは出来ない。が、これも試練。この親子の芯の強さが垣間見られ、悩んでいる割に明るい笑顔がこれからの将来を物語っているんだろうと思え安心した。
問題に勇敢に立ち向かっている人は、しかしまだ相談者のほんの一部であることを、日頃から思い知らされている私にとって、これは明るい相談だった。やはり心を真理に向けられていない人には、ちょっとしたトラブルや悩みでも、致命傷に感じることが多くあるようだ。
動揺や悩みにのた打ち回ることは、自分が信じられず(それ以上に他人を信じられず)、生まれて来た我の人生を呪い、天に唾を吐き続け、呪われたように苦しみ続けて行く。そういう人は、苦しむことが余程に大好きなんだろうな。まるで虫眼鏡で太陽光を利用して、合わせた焦点の先で自分の身体をチリチリと焼いているようにしか思えない(笑)。
微笑みの大地を歩むことも、虫眼鏡で吾身を焼く人生も、どちらも自分で選び取った結果に過ぎない。あなたなら、どちらを歩みたいですか??
Posted in 神や天のこと on 06/21/2009 10:03 am by saho
お昼に友人と梅田で待ち合わせてランチに出掛けた。先日の伊勢で、友人に最適だと思われる指導部門の神たんを入れてから数日はやはりボ〜ッとした状態が続いていたそうだが、ようやく落ち着いてきたようだ。そして精神的なブレが少なくなっているそうで、まずは一安心。
今回全員に神たんにお入り願ったが、これは誰にでも可能なことではなく、ある程度以上の魂の覚醒と、魂の向上心がなければ神も嫌がって逃げていってしまう。神とのご縁のない方も世間にはたくさんおられるし、そういう方は精神的なブレが大きすぎて持て余し気味の人生を望んでおられるのだろうが、私はそんな人生は真っ平ごめんだ。友人知人にもそんな人生は歩んでほしくない。
あなたは何のために生まれてきたのか?人間の命は、両親が勝手に作り出しただけの生き物ではない。自分で両親を選び、生まれ出る機会を狙い、その後の人生の計画までをも大まかだが生まれる前に予め決めてある。そして生きていく中で物質的な肉体の煩悩に曝され、蹂躙され、肉体を超えた普遍的な喜びを見出すことに過ぎない。これらを知識としてだけでなく、腹の底で理解できた人にしか、結局神も直接の手助けなど出来ないのかもしれない。
この辺りが、真理を掴み取る最初の入り口。真の登竜門(普通の鯉でも勝ち進んでこの門を通過出来れば竜になり天に昇れるとされる門)なのかもしれない。
Posted in 先祖供養 on 06/20/2009 11:37 pm by saho
真理の世界に携わるようになり、人の相談に乗るようになって感じる一番の大きな壁は、表面的な憑依もさることながら、やはり先祖供養だなと思います。
大体、精神的にヘンテコな人は、かなりの確立で本人の両親のどちらかの血統から受け継いだ先祖の問題が絡んでいます。自分で自覚症状のないホドの更にヘンテコな人は、もう何処へでも行って好きにして下さればいいけれど、少なくとも私の日記により縁のある方なら、ご自分で定めて産まれて来た今世の意味や、死するまでの僅かな時間に蓄積する真理への知識を感じて頂きたい。
言葉だけで伝えるには、真理の情報は膨大すぎて、とても私では伝え切れないけれど、この文字から流れる気配を心で読み取り、嗅ぎ取って頂けると、少しは理解出来るようになるかもしれません。
でも、どう転んでも、自分で決めた道は自分で歩くしか方法はありません。誰かが茨の道をズタボロになりながら歩く姿を見て哀れには思えても、それは私の道ではありません。それに手出しも口出しも、勿論身代わりも許されません。
どん底まで墜ちても、何処からも救いの手が差し伸べられないように感じたときは、先祖の護りが弱い場合がよくあります。護りの力が弱いために、自分の血族とは関係のない悪霊の憑依を招き、更に墜ちて行きます。それを黙って見ているしかないのも、私の運命なんでしょうかね。そう感じるときが、とても無念です。
Posted in 先祖供養 on 06/20/2009 11:37 am by saho
真理の世界に携わるようになり、人の相談に乗るようになって感じる一番の大きな壁は、表面的な憑依もさることながら、やはり先祖供養だなと思います。
大体、精神的にヘンテコな人は、かなりの確立で本人の両親のどちらかの血統から受け継いだ先祖の問題が絡んでいます。自分で自覚症状のないホドの更にヘンテコな人は、もう何処へでも行って好きにして下さればいいけれど、少なくとも私の日記により縁のある方なら、ご自分で定めて産まれて来た今世の意味や、死するまでの僅かな時間に蓄積する真理への知識を感じて頂きたい。
言葉だけで伝えるには、真理の情報は膨大すぎて、とても私では伝え切れないけれど、この文字から流れる気配を心で読み取り、嗅ぎ取って頂けると、少しは理解出来るようになるかもしれません。
でも、どう転んでも、自分で決めた道は自分で歩くしか方法はありません。誰かが茨の道をズタボロになりながら歩く姿を見て哀れには思えても、それは私の道ではありません。それに手出しも口出しも、勿論身代わりも許されません。
どん底まで墜ちても、何処からも救いの手が差し伸べられないように感じたときは、先祖の護りが弱い場合がよくあります。護りの力が弱いために、自分の血族とは関係のない悪霊の憑依を招き、更に墜ちて行きます。それを黙って見ているしかないのも、私の運命なんでしょうかね。そう感じるときが、とても無念です。
Posted in きょう女の独り言 on 06/17/2009 07:23 pm by saho
絶体絶命的な、もう駄目かもしれないと思うような個人的な問題が起こった。日頃偉そうなことを言ってても、私も人間である。悩みは尽きない(笑)。そしてまた、それらの悩みは絶妙のタイミングを持ち、一番の弱点を狙ってやってくる。
もうガックリとうなだれて諦めるしかないなと思っていた矢先、急に視界の霧が晴れるように急展開して、恐れていた問題がステップアップの為の踏み台になりそうなことに気が付いた。
どんなに絶望的な問題でも、最後の最後に変化が起こる可能性があることを、またもや見せられた形だ。そのために私がしたことといえば、問題そのものに捕われたり思い悩まされなかった事と、自分に出来る事だけをコツコツと続けていたことだけ。
自分の弱点を知り、それを克服しようなどと意気込まず、ただ眺めていた。天の意志に叛く、ということは、ただの自分のわがままなアガキやモガキだと気付く。
そんな心の霧の晴れる瞬間を体験した。与えられるがままに、大地と調和を取りながらシンプルに生きることこそが、一番の真理なんだと知っているはずなのに、未だにこうして何度も思い知らされ続けている…。