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水遊び

 たまには身体に溜まった毒素でも抜こうと思い立ち、近くのスパに出掛けてみた。しこたまサウナで汗を搾り出し、水風呂にザパーンと入りホッコリしていたときのこと。私の隣に親子連れが入って来たので、入り易いようにと少しスペースを空けてあげた。

 その水風呂には滝のように大量の水が流れ落ちるように注がれているのだが、その滝のような水で3~4歳くらいの幼児がバシャバシャと遊ぶので、私のほうにまで水がハネ飛んで来てしまう。内心、躾の行き届かない親子だこと!と少し気分を悪くしながら水風呂から上がって、ふと後ろを振り返って驚いた。4畳ほどのそこには先ほど入ってきた大人の女性が独りいるだけで、子供の姿なんてどこにも見当たらなかったから。

 思わず辺りを見回してみたけれど、そんな小さな子供なんて結局何処にも居なかった。その子にどんな事情があったのか、考えてみたところで答えなんて出やしないんだけれど…随分楽しそうに水遊びに興じていた姿には、憂いなど何処にも感じられなかったことが、唯一の私の救いとなった。全てのことには意味があるとは思うんだけれど、今回のリアルな体験の中には一体どんな意味が存在するんだろう。なんだか不思議な体験でした。

 

宇宙船??その4

 全ての事象は己の中から出て来ています。宇宙船の迎えを待つのもいいでしょう。美しい仏像に帰依するのもいいでしょう。どこかの素晴らしい宗教を信奉するのもいいでしょう。

 けれど、これらは全て自分以外のモノに憧れて頼っています。ココが一番、微妙な部分なのですが、何かに頼ろうとするのではなく、自分自身の内部からの力をもっと信じてください。宇宙船からの救いを待つのではなく、あなた自身が周りの人にとっての宇宙船となってあげてください。

 優秀な人類を摘み上げることで楽な方へ逃がすのではなく、艱難に立ち向かい与えられた環境を全うする勇気を周囲の人に見せてあげてください。私も、いつかあの世に還りますが、その時には一つの光となって、迷っている人への道標になれることを願っています。

 天空に宇宙船が満つるのではなく、天空に救いの手を差し伸べた魂の先輩たちが満ちている…と考えた方が、きっと真実に近いだろうと私は思っています。そんな宇宙船考でした。

 

宇宙船??その3

 けれど、どんなに夢のある内容だったとしても、それは現実逃避に繋がります。夢に縋り付こうとする心の根底には、今の自分の現状を…出来れば受け入れたくないと思う負の心が存在しています。

 仮に宇宙船が地球最後の日とやらに迎えに来たとしましょう。けれど優秀な人だけを選別して船に引き上げていくような状況を…もし自分が残される立場だったらどう感じるでしょう?もし家族全てが残されて自分だけがピックアップされる立場だったらどう思うでしょう?…これらは全て、選民思想から出発している思想に思えます。

 その証拠に、この日記を読んで、自分なら船に乗るな、とか、乗らないな、とか考えているわけでしょう?既に、完全に選び取られる人類の立場で物事を考えています。無意識の内に、人はついそんな思想を持ってしまうようです。またまた続きます…

 

宇宙船??その2

 宇宙船の定義を自分の頭の中でコロコロと考え転がしながら押し黙っていると、友人から続けて質問された。「もし、その宇宙船とやらが迎えに来たらどうする?」と。

 『子供には乗りなさいと言うかもしれないけれど、それも結局は自分で決めることだし…私なら宇宙船には乗らないわ。』そう言った後、暫く言葉を選んでから『だって、私は地球の生き物やから』。そう、地球での自分の何かを未解決にしたまま、得体の知れない未来に夢を託しても、結局は堂々巡りのままで意味がないように感じていた。

 耳障りの好い言葉や、夢に溢れた根拠の無い救出ストーリー。…確かにそれを信じたくなる程に、今の社会は疲弊しきっています。困憊した精神にはさぞかし甘露に映ることでしょう。またもや続きます…

 

宇宙船??

 冗談半分に友人が訊いて来た。「インターネットの世界では、未来のもしものときには宇宙船が大挙して押しかけて、出来の良さそうな人類を別天地にピックアップするって書いてあるけど、本当はどうなん?」

 それは、あるかもしれないし、ないかもしれない。いや、その話を聞いた私の感覚では…この肉体を持って別の惑星に行くというのは意味が大きくズレているような気がした。この地球に生まれ育っている以上、その地上での過酷な経験の必要性があって、いまここに居る。

 この宇宙船が大挙して~の話題は10年ほど前にアメリカのチャネラーが語り、流行ったストーリーなので私も知ってはいるが…これが肉体を伴わない魂による、別次元へのアセンション(魂の次元上昇)と云うのなら、しごく当然のような話題とも取れる。

 ただ、SF映画に出てくるような宇宙船を一方的に想像してしまうので、若干胡散臭い気配を醸し出してしまうんだろうか。続きます…

 

雨の日に考えること

これを書いている今も、木々の葉を叩き落すが如くに雨の降り頻る音が、窓の外から聴こえて来ます。どんな天災も事象も、全ては神の為されるがままに素直に受け止めていきたいと願っては居ますが、ここ数年は自然の剥く牙にも鋭さが増し、来るべき艱難をほんの少し憂いたりもしています。

バケツをひっくり返したような…と表現されていた激しい雨も、昨今ではさして驚く程でもなくなり、自然災害の厳しさは年を追って増大を極めるばかりです。しかし怖れてばかりでは先へも進めないので、全てに感謝しながら「素敵な、豪雨の日」「好い、雨にずぶ濡れになった日」などと肯定的に考えられるようにしています。

どんなに苦しいことでも、厳しいことでも、結局は自分で受け止めざるを得ないのですから、質の良い諦めを持つとそこに生じる精神的な摩擦は少なくなります。さて、次にはどんな自然現象で、我々を驚かせてくれるのでしょう。何が起こっても我々はいつかは天に還ります。その天の為されることに、何一つの間違いなど生じる筈がありません。私が普通の人と、ちょっと違うところがあるとすれば(よく言われるので・笑)、天を信じている点があやふやではなく、非常にリアリティを伴った確信を持っている点でしょう。何一つとして偶然などありません。全てが必然です。雨の音を聴きながら、そんなことを考えて見ました。

 

ともだち

 久し振りに逢うともだちと、夜の先斗町に遊びに行った。何があったなどと取り立てて互いに口には出さなくても、酒や料理について何が美味しいだとか、今度はあれを食べに行きたいねだとか、そんな他愛もない会話だけで、相手を丸ごと理解出来ていたりする。

 この間合いの取り方は絶妙で、長い時間を掛けゆっくりと成長を遂げながら、深部からの理解と愛情も付いて来ないと、どこかギクシャクしてしまい互いの存在が疎ましく思うことも出て来てしまうものなのだが。

 ただ、傍に居ることに、こうも違和感が無いのは何故なんだろうと酔った頭で辺りを眺めていて、或る事に気が付いた。それは『同化』と呼んでも差し支えないほどに、気の色が同じ色になっていたし、思考のパターンもいつしか同じような波長になっていた。他人同士が結婚して一緒の時間を長く持つと、良く似た夫婦になるのと同じような原理が、目には見えないが歴然と存在するからなんだろう。

 大切に想い、労わり合える関係が、実はこの世の前からもずっと続いていたんだろうな~などと思いを独りでコッソリ巡らせて見る。そして独りでムフフと笑ったりしていた先斗町の夜でした。

 

はやぶさ

 すごく嬉しいニュースがあった。それは小惑星の探査のために宇宙へお使いに出ていた「探査機はやぶさ」が地球へと還って来たことだった。途中に何度もトラブルに見舞われながら音信不通になったり、最新技術のエンジンが壊れたり、惑星の引力を利用して加速する予定がどんどんズレたりと、ここ数年、私も強い興味を持って注目していたのだが、ボロボロになりながらもようやく還って来た。

 小惑星“イトカワ”に着陸し、そのサンプルを持ち帰ることが「はやぶさ」のミッションだったわけだが、無事に帰還といってもその本体は大気圏突入でサンプルケース以外は全て燃え尽きてしまう。火の玉のように真っ赤に燃え上がりながら、流星のように空を焦がす「はやぶさ」の画像をTVで観ていると、心の中でお帰り…と声を掛けながら、その健気さに感動していた。

 探査機に魂は無いが、その姿に擬人化させた感情も覚えていた。日本の技術も大したものなんだと誇りに思えたものだが、それに関わった技術者の、最後まで決して諦めない凄さに感服。あちこちに神の気配を感じさせるこのはやぶさの、もう居なくなった空を見あげてみた。きっとこのニュースを見た人のほとんどが、同じような何かを感じているはず。久し振りに清々しいニュースでした。

 

猫4

 今まで、ペットが大好きな家族の身代わりになった話は幾つが耳にしたことはあったが、こうもハッキリと見させられると驚いてしまう。なぜなら、その猫が、この相談者の家を覆う邪の気配を一身に受け止めようとする気配が感じられたから。

 視ていると、まるで番犬のように何かに向かって唸り声を上げる気丈なイメージが浮かんだから。ちっちゃな身体なのに、大切にしてくれた家族を護ろうとするだなんて…。なんと勇敢で、なんと勇ましく、なんと愛情に溢れた生き物なんだろう。

 翌日、その猫は家族に見守られこの地上を旅立った。そして私はまたメールを送った。『とても辛い選択をされ、悲しい経験をされたことと思います。猫などの動物は人の魂とは格が違いますが、家族を想う気持ちに格などはなく、これからもずっと、あなた方ご家族の傍に居ると思います。ええ、勿論、今も居ますよ。だから悲しまないで下さい。もう二度と猫を飼わないなどと言わないで下さい。』ちっちゃなこの猫ちゃんに、私も生きる勇気と立ち向かう勇気を貰った。…生き物って、いいな♪

 

猫3

 この相談者からは安楽死にすると返答がありましたが、それまでにもヒーリングは行なっても効果はあるのか?と質問がありました。また数日前から相談者のお母様が入院・手術されていたそうなんですが、それについての返答メールにこんなことを書きました。

 『猫の身体に対しても、もちろん人間に対しても、命を持つもの全てにとって、ヒーリングは大変有効ですので、苦しがる猫に対してもヒーリングをしてあげて下さい。無くなる直前、直後にも魂的にはとても有効です。それからあなたのお母様が入院・手術をなさったそうですが、これらの凶の大半を、この猫ちゃんが引き受けてくれているようです。判りやすく書けば、身代わりとも云えるでしょう。最後まで、どうか大切にしてあげて下さい。』

 すると、返って来たメールには「母も同じ事(自分の身代わり)だと言っていました。母が入院したその日から急に猫が激変して具合が悪くなったからです。」とありました。続きます…